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マジックバー

作者: 野間圭介

最後の1行で全てが覆る…。

「マジックバー行こうよ!」


彼女の恵美がそう口にしたのは一週間前のこと。


会社の同僚がマジックバーに行ったらしく、その話を聞いて自分も行きたくなったという。


ただ、俺はこの提案に乗り気ではなかった。単純にマジックに興味がないからだ。


過去にテレビ番組で何度かマジックを見たことはあるが、特に感情が動かされることはなかった。


もちろん、マジックを成功させるマジシャンたちのスキルは凄いと思う。とても練習したのだろうと、その努力には敬意を払いたい。


ただ、右手に入っていたピンポン玉が、左手から出てくることの何がすごいのか?トランプの数字や絵柄を言い当てることの何がすごいのか?


マジックバーの店前まで連れてこられた今でも、その気持ちは全く変わらない。


外観はいたって普通のバーという印象だったが、店内に入ってもその印象は変わらない店内は一見普通のバーで、カウンター席とテーブル席に分かれている。


ただ、カウンターを挟んでバーテンダーが客に対してマジックを披露しているのは、この店ならではと言ったところか。


「いらっしゃいませ。当店は初めてでしょうか?」背が高く肩まで伸びた髪が印象的な色男が笑顔で話しかけてきた。


「は、はい!はじめてです」


急にイケメンバーテンダーから声をかけられたからなのか、恵美は動揺しながら答える。


「それでしたらどうぞ、こちらのカウンター席にお座りください」


うっとりする恵美に軽い嫉妬心を覚えながらも、バーテンダーに促されるまま俺たちは席に着いた。


「本日はご来店いただき誠にありがとうございます。私は当店でバーテンダー兼マジシャンを務める桐山と申します」


桐山と名乗る男は胸に手を当ててお辞儀をする。


「桐山さんはマジックできるんですね!かっこいい」


「ありがとうございます。まだまだ白帯マジシャンですが、日々精進しております」


「なんですか?白帯マジシャンって」


席につくなり2人は楽しそう話し始めた。ただでさえ乗り気ではなかったのに、早くも居心地悪さを覚える。


「お2人はマジックがお好きなんですか?」


「好きです!テレビ番組でマジックをやっていると『絶対トリックを暴いてやるぞ』って思っていつも目をカーって開いて見ちゃいます」


「それは恐ろしい。暴かれないか心配です」


「全然心配しないでください。暴いたことは一度もないし、マジックのトリックが書いてある本を読んだことあるんですけど、それでも理解できませんでしたから」


「ふふ。そうなんですね」


「でも、この人はマジック好きじゃないんですよね」


「ほぉ。そうなんですか?」


やっと自分に話す番が回ってきたが、疎外感から俺は平常心を失っていたらしい。


「子ども騙しの道楽なんか好きになれなねーよ」


つい悪態をついてしまった。


「ちょっと!子ども騙しの道楽ってなによ?桐山さんに謝って」普段は温厚な恵美もさすがに俺の発言にはカチンと来たようだ。


「いえいえ、そうおっしゃられるお客様もいらっしゃいますよ」


桐山は自身の仕事を貶されてもなお、表情を崩さず対応する。


「せっかくご来店いただきましたので、ウェルカムドリンクならぬウェルカムマジックを披露させてください」


気まずくなった空気を喚起しようとしたのか。声のトーンを1つ上げ、桐山はカウンターの下からカードの束が入ったケースを取り出しながら言った。


そして、ケースから取り出し鮮やかな手つきでカードをシャッフルし始める。その熟練された姿はマジシャンのそれだ。


マジシャンという仕事は、まず相手に「私はマジシャンです」と思い込ませる魔法をかけているのだろう。


「すごーい!カッコいい」恵美は口元まで挙げた両手をパチパチさせている。


「おぉ…」こわばった表情を浮かべていた俺も思わず声が漏れてしまう。


「ふふ」桐山は得意気な表情を浮かべ、「それではこの中から1枚カードを選んでください」と扇型にサッとカードを並べ、俺の目を見ながら指示を出す。


「1枚カードを選んで、そのカードの数字とかを覚えさせて、そのカードをもう一度戻してシャッフルして、一番上に出すってか?テレビで見たことあるわ」


恵美が桐山と楽しそうに話していた時のイライラがまだ残っていたのか。自信満々に「ウェルカムマジックを披露する」と言ったくせに、テレビで見たことのあるマジックを見せようとしていることにガッカリしてしまったのか。つい語気が荒くなる。


「ちょっと、やめなよ。本当にごめんなさい」


恵美は俺をなだめるが「そちらのマジックがお好みであればご対応いたしますけど、いかがなさいますか?」と表情を一切崩さない桐山。


「はいはい、わかったよ。1枚選べば良いんだろ?」予想以上の冷静な対応に、虫の居所が悪くなってしまい、逃げるような気持ちでカードを1枚引く。


「聡明なお客様ならおわかりかと思いますが、そのカードの数字などの情報を記憶しておいてください」


桐山の人を喰ったような態度にまたも怒りそうになった。ただ、これ以上かっこ悪い姿を恵美に見せたくなかったので、桐山のペースに付き合うことにした。


「覚えていただきましたら、そのカードを束にお戻しください」


「ほらよ」カードは俺だけが確認し、桐山の言う通りにする。


「それではお客様に選んでいただいたカードを入れて、もう一度シャッフルいたしますね」


(どうせ俺がさっき選んだカードを言い当てるだけだろ。何も驚くことはない)


答えのわかっている結果を待つことほど退屈なことはない。


「本当に一番上に出てくるのかな?」


恵美は答えがわかっていることでも楽しめる人間なのだろう。童心を含んだ視線を桐山に送る。


「ふふ。良かったらシャッフルされますか?」


「え?良いんですか?」


桐山からカードの束を渡され、恵美はなぜか力を込めてシャッフルする。


「はぁはぁ、これでさっき選んだカードはもうわからなくなりました!」


息切れするほど熱心にカードを切った恵美は、妙な自信を浮かべてカードの束を桐山に返す。


「そうですね。それは困ってしまいました」


これほど言葉と表情が噛み合ってないこともないだろう。桐山は全く困った素振りを見せていない。


「それでは、もう一度適当な箇所からカードを1枚選んでください」


「…え?」


拍子抜けだ。てっきり一番上にあるカードを自分で引くのかと思いきや“適当な箇所”から引けというのだ。


「すごい自信だな」


「そんなことないですよ?内心では失敗しないかヒヤヒヤしてます。ふふ。どうぞ引いてください」


(わかったよ。お前の手のひらで踊ってやる)


俺は真ん中らへんにあるカードを引く。


「ねぇ?当たってた!?」


感情を押さえきれない恵美が身を乗り出して聞いてくる。


俺は愕然とした。


恵美の質問には俺は首を縦に振った。


「うわぁ!やっぱりすごーい!!!」


(こんなオチが読めたマジックでも、間近で見せられるとここまで驚いてしまうのか…)


「どうですか?子ども騙しの道楽のご感想は?」


桐山は俺の発言を根に持っていたようだ。桐山は嫌らしい角度に狡猾を釣り上げている。


「ちょっと、そんな意地悪言ってあげないでくださいよ」恵美も言葉ではフォローしつつも笑いをこらえるのに必死な様子だ。


それはそうだ。先程までマジックを馬鹿にしていた男が、こんな簡単なマジックを見せられただけで、間抜けな表情を浮かべているのだから。


俺の手に握られた「ドロー4」も冷笑しているように思えた。

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