転生を司る女神はバナナの皮を仕掛ける。
蛇足的番外編。
「結局会っちゃったのね。しかも結婚しちゃって。子供が六人で、孫が二十人? 馬鹿じゃないの?」
第五世界の転生を司る女神は、やってきた老婆に悪態を吐く。
「幸せな人生をありがとう。バナナの皮はサービスでしたか?」
お礼を言いながらも、老婆は皮肉な笑みを浮かべていた。
「あ、わかっちゃった? だって、あの子、全然気づいてないじゃない。だからちょっとかわいそうだから、思い出させてあげようと思ったのよ!」
「それでバナナの皮?」
「そう。ほら、地球の日本だっけ。そこでバナナの皮で滑るっていう漫画を見て、試してみたかったのよ。見事な滑り具合で、久々に笑わせてもらったわ」
女神は軽やかな笑い声をあげて、まったく反省の余地を見せなかった。
けれども、老婆の前にゆっくりと歩いてきて、急に目を細めた。
「さて、今度の転生はどうするの? 今度こそ解放してあげたら?」
「そうですね。今度は」
「素直ねぇ。よっぽど幸せな人生だったのね。まあ、子供が六人に、孫も二十人もいりゃねぇ」
女神の嫌みとも取れるセリフに、老婆はただ笑みを保ったままだ。
「一応希望は聞いておくわ。男、女どっちがいい?何か要望でもある?」
「男性に転生させてください」
「男?それだけでいいの?」
「はい」
「ふうん」
この老婆は前の転生の時に散々、女神を困らせたので、あまりのその素直さに少し拍子抜けした。 女神は神であるが、長く生きているくせに聖人でもなく、気まぐれで適当な性格をしていた。だから面倒な事が大嫌いで、前回の時も忌々しく思っていた。しかも老婆の配偶者にも多大な同情をしていたので、彼女に協力する気は諸々なかった。
結果的に、平凡な容姿の女性に転生させるという点だけは合意したが、わざと男爵という身分の両親の元へ送り、場所も彼女の配偶者から一番遠い場所を選んだ。
それでも彼女は探し出し、結婚までしてしまったのだから、その執念には恐れ入った。
悔しかったので、バナナの皮を使って、前世を思い出させたのだが、結局うまくいってしまったようだ。
「じゃあ。送るわ。よい旅を」
転生する際に誰にでもかける言葉をかけて、女神は老婆を第五世界のランドールに送る。
それから五年後。
女神は、老婆の配偶者、待ちに待った人物に会う事になった。
「私のこと覚えているかしら?」
「えっと、」
老爺は人が良さそうな顔に困ったような表情を浮かべた。女神は基本的に、この老爺の魂を気に入っており、しょうがないわねと息を吐いた。
「私は転生を司る女神。前に一度会ったことがあるんだけど?」
「すみません。覚えていない。だけど、ジョリーンから聞いたことがある」
「ジョリーン。ああ、あの困った子ね」
大仰に首を横に振った後、女神が黙りこくる。急な沈黙にどうしようかと悩んでいる老爺に女神は近づいた。
「ねぇ。あなた、今度は幸せだった?」
「はい?」
突然の問いに老爺は目を瞬かせる。
「しょうがないわね。もう一度聞くわ。あなたは今度は幸せだった?」
「はい」
今度は彼の耳にしっかり届いたようで、老爺は即答し、眩しい笑顔を浮かべる。女神は興味がなさげに「そう」と返事をするとまた黙ってしまった。その態度に彼は答えを間違ったかと思う。
しかし、老爺は嘘をつくのが下手だし、女神相手だ。嘘をついてもしょうがないと、彼女の次の言葉を待った。
「次の転生だけど。希望はある?」
「その前に、ジョリーンの転生情報を教えてもらえますか?」
「追いかけたいの?」
「はい。今度こそ、自分の気持ちに正直になりたいんだ」
はっきりと答えた彼に対して、もうあんな人生送りたくないのと願った彼の前の姿を重ね、自然と笑みがこぼれた。
「どうかしましたか?」
老爺は何かまた失敗したかと、微笑む女神を凝視する。
「あの子は男に転生しているわ。今五歳ね。あなたはどうする?」
「それじゃあ、俺は女に」
「いいの?」
「はい。あと、できれば、彼女、いえ彼の側に転生させてください」
「本当、いいの?」
「はい」
女神は、前の芽衣子の人生を知っている。
だからこそ、もう一度老爺に聞いてしまう。
彼は即答し、女神は力を振るう。
「今度も幸せになれるといいわね。よい旅を」
女神はそう言って、老爺を第五世界のランドールに送った。
「あれ?」
休む間も無く、次の者が広間に現れる。
どうやら、またまたトラックにはねられたらしい。
地球の日本という国では、若者がよくトラックにはねられる。
それがはやりなのかと、女神は首をかしげるばかりだ。
しかも、トラックではねられた者は大概、チートな能力はないのかと、ハーレムをつけてくれと注文が多い。
その度に、ファンタジーじゃないんだからと説明しなければならないのだが……。
「そういえば、あの子もトラックだったわね」
女神は今は五歳児であるあの子のことを思い出す。そして前の前の死因はトラックだったことに思い至った。
「トラックが原因で亡くなった者は面倒な子が多いわね」
日本からいっそトラックを消してしまおうか、そんなことを思いながら、多大な干渉に当たるため実行不可であることは了承済みで、女神は今日も仕事に励むしかなかった。
(おしまい)