008「目のつけどころが違う」
――シーニーの話を聞く限り、私に拾われる以前は、日本よりも南西にある島で、軒下で雨宿りしたり、親切そうな人に食べ物を恵んでもらったりしながら、その日暮しをしていたらしい。
「野良猫というか、ストリートチルドレンといおうか。結構、過酷な経験をしてきたのね」
「これも立派な大人になるための試練なんだと前向きに捉えて、なんとしても生き延びてやろうと思いました。力に訴えることも出来ませんし、出来たとしてもしたくありませんから、知恵を働かせて乗り越えてきたんです。――慣れない短刀なので、扱いが難しいですね」
包丁を使い、猫の手で慎重に鶏肉を刻むシーニーに対し、あゆみは、野菜を煮込んでいる鍋の火加減を調節しつつ、シーニーの手元を見て言う。
「あら、そうなの? 切ったところを見る限り、はじめて包丁を握ったようには見えないわよ」
「手元が狂うので、むやみに褒めないでください。長剣とも槍とも、はたまたナイフとも斧ともつかない、不思議な道具だと思ってるんですから」
――たしかに。言われてみれば、武器としては見た場合には、中途半端な構造かもしれないわね。斬りつけるには短く、刺すには丸すぎ、また、投げるには大きく、叩き割るには細すぎる。
あゆみが、包丁についてあれやこれやと思考の枝葉を伸ばしていると、刻み終えたシーニーが、まな板に包丁を置いて訊ねる。
「切れましたよ。これで良いですか?」
「えぇ、バッチリよ。それじゃあ、一緒に煮込んでいくわね」
あゆみは、すぐに頭を切り替え、包丁を調理台に置き、まな板を持ち上げて鶏肉を鍋に入れはじめた。
*
「さっき、カレールウとは別の、より黒みがかった茶色の固形物を割って入れてましたけど、何を入れたんですか?」
「あぁ。あれは、チョコレートよ。ルウだけだと辛く感じるかもしれないと思って」
質問に対して、あゆみが玉杓子で鍋をかき回しながら答えると、シーニーは、さらに疑問を投げかける。
「チョコレートというものは、辛みを抑える効果があるのですか?」
「そうねぇ。辛みを抑えるというより、甘みを足すと言ったほうが正しいわね。食べてみる?」
「はい!」
あゆみの問いかけに、シーニーは元気よく返事をした。あゆみは、鍋から玉杓子を出して味見用の小皿の上に置き、鍋の蓋を閉めて火を弱めると、冷蔵庫に向かい、銀紙に包まれて一列だけ残っている板チョコをシーニーに渡す。
「ずっと触ってると、熱で溶けてドロドロになるから、すぐに食べちゃってね」
「はい。わぁ、いい香りですね。いただきます」
シーニーが銀紙を剥がしてチョコレートを食べた瞬間、幸せそうに目を細めてとろけるような表情をするのを見て、あゆみは、同じようにホッコリと安心した表情をする。
――チョコレート一つで、こんなに喜ぶなんて。まだ幼いのに、よっぽど苦労してきたのね。明日から、お留守番をさせなきゃいけないのが、ちょっと可哀想になってきた。