006「科学という名の魔法」
――スマホで月の入りを調べたところ、夕方六時ごろになると猫に戻ることが判明したので、まだ日は高いけど、少し早めに晩御飯にすることにした。
「雷一つを、こうも種々様々に利用することが出来るとは、いやはや技術水準の高さに驚きです。この国は、白い物に術式をかけて使うのが習わしなのかと思いましたよ」
スーパーで買ったスープを飲みつつシーニーが感心すると、あゆみはカレーパンを食べながら答える。
「白物家電は、魔法じゃないわよ」
――電子レンジ、洗濯機、エアコン、掃除機、エトセトラ。そのすべてに、いちいち感動のアクションが返ってくるものだから、そのたびに、やっぱりシーニーは、この世界の住人では無いんだと実感させられる。
「そうでした。魔法ではなく、科学というのでしたね。――どうかしましたか?」
自分が食べる様子をあゆみがジッと見ていることに気付き、シーニーはスプーンを口に運ぶ手を止めて訊ねる。すると、あゆみはシーニーが着ているパーカーを指差しながら言う。
「そんな服、この部屋には置いてなかったよなぁと思って。猫から人間に戻るとき、自然と着替えた状態になるの?」
「自然と、とはいきませんが、人間戻れば、想像力次第で服の見た目を変えられます。でも」
言いさしで立ち上がると、シーニーは左手を掲げ、中指をパチンとはじく。すると、それまで着ていたパーカーとティーシャツとジーンズが、それぞれ緋色の羽毛マント、絹のカットソー、本革のズボンに変わる。
「神秘の祝福を解けば、こうなります。しかし、これでは街中で目立ちすぎるので」
今度は右手を掲げ、中指をパチンとはじく。すると、元の服装に戻り、シーニーは再び座り、食事を再開しながら言う。
「周囲に合わせて変化させます。もちろん、身体を洗うときは服を脱ぎますし、脱いだ服の変化が解けることはありません」
「なるほど。要するに、さっきの服を着てる状態が、人間の姿のときのデフォルト設定なのね」
――私にしてみれば、その機能のほうが、よっぽど科学より便利だと思うけどなぁ。イメージ次第で好きな服を着られたら、オシャレの幅が広がりまくりだもの。洗濯するときは、そのときだけ洗濯しやすい生地の服の変えてもられば良さそうだ。ていうか、神秘の祝福の存在を認めはじめている自分が怖い。慣れって、恐ろしいものだわ。
*
「心臓に悪いことをしないでくださいよ。茹で殺されるかと思いました」
バスタオルでワシワシと銀髪を拭きながら、シーニーが文字通り湯気を出して怒った。
――まさか、身体を洗うのに泉や川で水を浴びるだけで済ませてきたなんて知らないから、湯船やシャワーについて説明し忘れちゃったのよね。たしかに、急に頭上のシャワーヘッドから四十度の水が出てきたら、ビックリするのも無理ないわ。
「ごめん、ごめん。私が言葉足らずだったわ。これで機嫌を直して」
あゆみは、シーニーに「モスクワの味」と印刷されたビニール袋に入ったシュークリームを手渡しながら、半分笑って謝った。すると、シーニーはタオルと交換にシュークリームを受け取ると、ツーンと不機嫌な顔をしたまま、ビニールを開封して黙々とシュークリームを食べ始める。
――あーあ、拗ねちゃった。どうしようかなぁ。
あゆみが眉をハの字に寄せて困った顔をして考えていると、突如、ポンッという軽快な破裂音とともにシーニーが蒼白い煙に包まれる。そして、煙が晴れると、そこには昨夜と同じ姿の猫が現れた。
「わっ。ホントに、月の入りと同時に猫になった」
あゆみが驚きと感動に浸っていると、猫になったシーニーが、床に落ちている食べかけのシュークリームを前脚で指しながら鳴く。
「ミィ、ミィ」
「はいはい。すぐに、ちゃんと片付けるわよ。だから、こっちで大人しくしててちょうだい」
そう言って、あゆみはタオルで猫を包んで抱きかかえ、カーペットの上へと運んでいった。