005「未知との出あい」
「いつ見ても大量の品物が陳列されているのが、不思議だと思っていたんです。この国は、豊かなのですね」
「シーちゃんのところは、違ったの?」
「はい。三方を山に囲まれ、唯一開けている一方にある海も、冬には凍結してしまう土地でしたから。交易が途絶えれば早晩に民が飢えてしまうくらい、資源に乏しい国で、どうやって食糧や物資を確保するかが、常に議論の的でした」
ショッピングカートを押しているあゆみと、キラキラとサファイアのように瞳を輝かせながら商品を観察するシーニーが、通路を並んで歩きながら、会話を交わしている。
「苦労してたのね。――シーちゃんは、何か食べられないものはある?」
「ありません。食べ物の好き嫌いは良くないと、厳しくしつけられましたから」
「そう。偉いわね」
あゆみがシーニーの頭を撫でると、シーニーはポッと頬を赤らめながら、あゆみの手を払いのける。
「人前では恥ずかしいから、やめてください」
「照れなくても良いのに。褒めてあげてるだけなんだから」
「それが恥ずかしいといっているんです。――あっ、これは!」
ハッシュドビーフや親子丼のレトルトパウチが並ぶ売り場で、シーニーは赤カブとキャベツのスープが描かれたレトルトパウチを手に取り、あゆみに見せながら興奮気味に言う。
「この料理は、僕が物心ついた頃から、よく食卓にのぼる定番メニューだったんです。今夜の食事は、これにしてください!」
――まるで、食玩を見つけた子供みたいね。これをおかずにするとしたら、あとは惣菜パンでも買えば良いかなぁ。
「良いわよ。カートに入れてちょうだい」
「ありがとう、あゆみさん」
レトルトパウチを嬉々としてカートに入れるシーニーを見ながら、あゆみが頬を緩めていると、斜め前方から、買い物かごを腕に抱えた人物が姿を現し、あゆみに声を掛ける。
「あら、あゆみちゃん。今日は、ハンサムボーイとお買い物なのね」
「あぁ、茉莉さん。こんにちは。お花屋さんは、お休みなんですか?」
「そうよ。今月は連休中に、ずっとお店を開けっぱなしにしてたから、その代わりに。ところで、そっちのボクとは、どういう繋がりなのかしら?」
茉莉と呼ばれた人物が、シーニーのほうをチラチラ見ながら訊ねると、あゆみは、やや目を泳がせながら答える。
「えーっと。日本のことを勉強するために来た留学生です。――そうよね?」
あゆみがシーニーのほうを向いて発言を促すと、身体のラインに沿ったシャツとジーンズを着用している人物エックスを、あゆみを盾にして引き気味に注意深く距離を置きながらも、シーニーは愛想笑いを浮かべながら言う。
「はい。この国の文化は、非常に興味深いです」
「あら、日本語が達者なのね。凄いじゃない。――それじゃあ、また。ごめんあそばせ」
そう言って、茉莉は内股で歩きながら立ち去っていく。シーニーは、周囲を憚るような小声で、あゆみに質問する。
「今の人物は、男の人なんですか、それとも女の人なんですか?」
「う~ん。身体は男だけど、精神は女ってところね。見た目と言動は変わってるけど、親切な人だから、気味悪がらないでね」
あゆみが苦しい説明をすると、シーニーは、食べ慣れないものを食べたかのような顔をして小首を傾げつつも、ひとまず納得する。
「そうですか。所変われば品変わるものですね」
――ホント。日本人でも、自国の文化や習慣には、不思議さや不条理さを感じるもの。ましてや、異邦人をや。