004「二人で食卓を」
「冷蔵庫がすっからかんだから、これで我慢してね。はい、フォーク」
「ウム。まぁ、贅沢は言えない立場ですからね」
少年がフォークを受け取ると、あゆみは蓋の上にミトンを乗せたカップラーメンをこたつテーブルの上に置く。すると少年は、側面に「胡麻で健康」という活字が躍っている写真を食い入るように観察しながら、割り箸でカップみそ汁をかき回しはじめたあゆみに質問する。
「これは、何という食べ物ですか?」
「それは、ラーメンよ。早く食べないと、麺が伸びて美味しくなくなるわよ? ――いただきます」
あゆみが一旦、箸をおき、両手を合わせてから蜆や麩を食べ始めたのを見て、少年も左手に持っていたフォークを置き、真似をする。
「イタダキマス」
*
「ごちそうさま」
「ゴチソウサマ」
「ふふっ」
あゆみが、見よう見まねで自分と同じ言動をする少年に、思わず吹き出すと、少年は、片眉をつり上げて不愉快そうに訊ねる。
「何が可笑しいのですか?」
「別に。ただ、生意気な口を利かなければ、子供らしい反応をするんだなぁと思って」
「馬鹿にしないでください。これでも、魔女に国を乗っ取られる前は、第一王子だったんですからね」
「はいはい。そういうことでしたね、王子さま。さようしかり、ごもっとも」
皮肉を込めた口調で言いながら、あゆみは、立ち上がって食べ終えたカップや使用済みの食器を片付け始める。そして、レジ袋をかぶせたゴミ箱にそれらを捨ててから、ふと天井を見上げ、すぐに少年のほうを向いて質問する。
「そういえば、普通に会話が通じてるから忘れてたけど、名前を訊いてなかったわね。私は、森永あゆみよ。親しみを込めて、あゆみさんと呼んでくれたらいいわ」
「そうですか。僕は、シーニー・シリブローといいます。シーニーが個人を示すファーストネームで、シリブローが王家を示すファミリーネーム」
「シーニー・シリブローね。名前に関しては、見た目通り、異邦人っぽいのね。特に違和感は無いけど、どうして日本語が通じるの?」
「その仕組みは、僕にもわからないとしか言いようがないですよ。でも、あくまで僕の推測が正しければ、自然と言語が翻訳されるのは、シリブロー王家に先祖代々、脈々と受け継がれてきた神秘の祝福に由来するのではないかとみられます。言語が通じなければ、統治も外交も、ままなりませんから」
少年が真面目な顔で丁寧に説明すると、あゆみは、しばしキョトンとした表情をしてから、すぐに話題を変える。
「あぁ、そうなのね。えーっと。シーニーだから、気軽にシーちゃんって呼んでも良いかしら?」
「ご随意に。悔しいけれど、ここは宮殿ではありませんから、殿下と呼べとは言えません」
あゆみが何気なしに口にした思い付きに対し、少年は諦めモードでぞんざいに言った。
――考えてみれば、両親や友人と別れて、いきなり見ず知らずの世界に放り出された上に、猫になったり人間になったりする身体にされたら、普通は先行きが不安に思うわよね。つんけんした口調は、弱い自分を見られてつけ込まれないための、一種の自己防衛に基づいた精一杯の虚勢だったのかな。
あゆみは、落ち込んでいる少年を元気づけるように、側に座って頭を撫でながら優しく言う。
「もう大丈夫よ。ここには、あなたに害を与えるような人間は居ないから。シーちゃんが完全に人間の姿に戻るまで、拾った私が責任をもって面倒をみてあげるわ」
「……ありがとう、あゆみさん」
少年は、そっとあゆみの手を払いのけると、整った顔を伏せて静かに一筋の涙を流した。