040「遅れてきた青い春」
「ほら、あの子ですよ」
「あぁ、ホントだ。今朝の噂通りね」
――百聞は一見に如かず。出勤して席に着くやいなや、みどりちゃんから、他支店から瀧廉太郎にソックリの男子行員が出向されてきた、という噂を聞かされた私は、ようやく噂の真相に辿り着いたというわけだ。
「ねっ、そうでしょう」
「たしかに。悪い人じゃなさそうだけど、良い人止まりで終わりそうな、冴えない丸眼鏡くんね」
「ちょっと、先輩。それは、辛口すぎませんか? 優しそうな人じゃないですか」
「みどりちゃんは、甘口すぎるわよ。――あっ、こっちに来る」
観葉植物の陰でコソコソと小声で話している二人の姿を認めた青年は、パッと表情を明るくしてみどりに駆け寄り、話しかける。
「お話し中に、すみません。えっと、四葉さんというのは」
「私です」
「あぁ、やっぱり。先輩から、同い年で話が合いそうな女子行員が、この部署にいると聞いてたものですから。すみません」
――謝るのが癖なのかしら? 対面でのコミュニケーションは、苦手っぽいわね。初々しいと言えなくもないけど。
あゆみは、青年の視線から、彼がみどりと話したがっている雰囲気を感じ取ると、みどりに向かって提案する。
「せっかくだから、いつものお店の紹介がてら、二人でお昼にしてきなさいよ。私は、江崎くんと別なところで済ませるから」
「えっ! あの、あゆみ先輩」
「いや、それは、どうなんでしょう。あぁ、すみません」
二人が戸惑っているのを、あゆみは面白そうに見ながら、最初の一歩を踏み出せない二人の背中を、もうひと押しする。
「ほら、二人とも遠慮しないの。同期で食事するだけじゃない。ねっ?」
「あっ。それじゃあ、案内します」
「はい、すみません。よろしくお願いします」
ぎこちない言動で、つかず離れずの微妙な距離を保ったまま、二人は廊下へ進んでいった。ひと仕事終えたような晴れやかな表情で、あゆみが二人を見守っていると、近くにある自販機の陰から江崎が姿を現し、チェシャ猫のような得意気の笑みを浮かべつつ、あゆみの後頭部を指で小突きながら話しかける。
「自分に向けられた好意には気付かないくせに、他人が向けている好意にはさといんだな」
――まったくもって、ごもっとも。傍目八目とは、よくいったものである。
「なによ。あの子をそそのかした張本人は、どうせ江崎くんなんでしょう?」
「わかるか?」
「わからいでか! いいから、持ってる情報を教えなさい」
「ご明察だが、ご機嫌斜めだな、女王陛下。――彼の名前は、小岩イサミ。童顔だけど大卒の二十三歳。俺が北海道で、ひと月ほど研修してやった。実家は青森の農家だが、次男坊だそうだ。理系に強いが女に弱くて、男同士なら、あんなにオドオドしない。それから、背広の内ポケットに入れてるパスケースには、目がパッチリした少年のキャラクターのキーホルダーが付いてる。オシメン、とか何とか言ってたな。意味が分からなくて聞き返したら、急に恥ずかしがって謝られた。俺が知ってるのは、それくらいだ」
――なるほど、そういうことか。たしかに、慎重に趣味のことを話せば、どこかで共鳴して話が合いそうだ。類が友を呼んだか。
「そう。情報提供、どうも」
あゆみがアッサリと御礼を告げると、江崎は、やや落胆しながらも、軽くラウンジを見渡し、気を取り直して昼食に誘う。
「もっと、ありがたがってもらえると助かるんだけどな。まぁ、いいや。いつもの喫茶店は使えないし、ここも混みあってきたな。最近オープンした良い店があるんだが、移動しないか?」
「そうね。お店を選ぶ審美眼だけは確かだから、ここは、お誘いに乗っておこうかしら」
「だけってことはないだろう。素直じゃないな。先に行くぞ」
「はいはい」
せかせかと早足で歩いて行く江崎の背中を、あゆみは追いかけ、そのまま追い越したり追い抜かれたりしながら、廊下の向こうへと姿を消した。




