039「花の命は短くて」
――今日はシーちゃんも、買い物帰りに視線を感じたという。途中で路地に入り、姿を変えて尾行をまいたというところが、シーちゃんらしい。不審者は、さぞや驚いたことだろう。お巡りさんは、まだ捕まえられないのだろうか。
『はい。こちら、フルーリスト・マリです』
「あっ、茉莉さんですか。森永です」
『あら、あゆみちゃん。どうしたの、こんな時間に。あっ! ひょっとして、ブーケの依頼かしら? 任せて。とびっきり綺麗な花束にしてあげる』
「いえ、違うんです。この前、シーちゃんが持って帰ってきたオレンジの花についてなんですけど」
『なんだ、カーネーションの話なのね。まだ咲いてるの?』
「そのことなんですけど、朝に水を替えたときは元気だったのに、今は、すっかりくたびれてるんです。もう一度、元気になる方法はないでしょうか?」
『あらあら。そうねぇ。それでも、あげた時点で満開だった切り花にしては、長く咲いたほうなのよ。仕方ないわ。ここ最近、暑かったもの。残念だけど、アタシとしては、労わりながらゴミ箱に捨てることを提案するわ』
「そうですか。茉莉さんが言うなら、そうします」
『ごめんなさいね、力になれなくて。ガッカリしたでしょう?』
「いえ、全然。それでは、失礼します」
あゆみがスマホを耳から離して通話終了ボタンをタップすると、すかさず花の入ったグラスを持ったシーニーが、期待に目を輝かせて質問する。
「茉莉さんは、何と言ってましたか?」
「可哀想だけど、もう寿命なんだって。枯れてしまう前に、新聞紙で包んでしまいましょう」
「あっ、そうですか」
シーニーがガックリと肩を落として悄然とすると、あゆみは、その姿を見ないようにしながらキッチンへ向かう。
――世の中には、どうにもならないことがある。たとえば、咲いた花は、いずれ散るのが宿命なのである。
その後、あゆみが花を包んだ新聞紙をゴミ箱に捨てたあと、蓋をしたゴミ箱に向かって、あゆみとシーニーは静かに手を合わせ、哀惜の念を込めて黙祷を捧げたのであった。
*
――シーちゃんは、今朝から落ち込んでいる。前日のように構ってあげても、イマイチ反応が薄いので、そっとしておくことにした。お花を捨てたことで、傷ついちゃったのかしら。あのお花は、シーちゃんにとって大事なモノだったのね。
「大切なモノって、どうして失くしてから存在の大きさに気付かされるのかしら」
あゆみは、駅に向かう道すがら、交差点で信号待ちをしつつ、誰もいない中空を仰ぎ見ながら、ポツリと呟いた。
――当たり前に存在し続けるものなんて、どこにも無い。若さだって、その代表格だろう。老いはじめてから、ようやく、その貴重さを実感するのだ。




