表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/46

003「出入りと満ち欠け」

「つまり、あの晩の君は、過度の酒精(アルコール)を一度に摂取したことによって、正常な判断が出来ない状態であり、月が沈んで猫の姿だった僕を、生物に対して持つべき責任も感じないまま、一時の気の迷いによってここへ連れてきた。そういう理解で良いのですね?」

「はい。おっしゃる通り」

 冷めた紅茶が残ったマグカップが二つ並んだこたつテーブルを挟んで、十歳の美少年から理詰めで説教を受ける三十歳の女という、何とも言えない情けなさが漂う構図が成り立ってしまっている。

「あのぅ」

「何ですか? 言い訳なら、一切、耳を貸しませんよ」 

 すっかり委縮した様子で挙手をして発言を求めたあゆみに対し、少年は眼光鋭くピシャリと言った。あゆみは、その冷ややかな視線に一瞬、言葉を詰まりながらも、発言を続ける。

「どうも、さっきの説明が信じられないんだけど?」

「さっきとは、いつ、どの話を指し示す言葉ですか?」

「えっと。悪い魔女に猫の姿にされてしまって、月が出ている時間しか人間の姿に戻れないとか、完全に元の姿に戻るには、愛する女性とキスすることとか」

「ハァ。もう一度、最初から説明させるつもりですか? 何度くり返しても、内容に変わりはありませんよ」

 少年がやれやれとでも言いたげな様子でマグカップを口に運ぶと、あゆみはムッと腹立たしげにまくし立てながら言い返す。

「あのねぇ。たしかに、酔っ払った状態で気まぐれに拾って帰ったのは、私の落ち度かもしれないし、他に居場所のないあなたを置いておくことには、異議は無いんだけど。それにしたって、そんな現実味の無い話を聞かされて、はい、そうですかと、すぐに納得できるはずないじゃない。おとぎの国じゃないのよ、ここは!」

 そう言って興奮気味にあゆみが天板をパンパンと叩くと、少年はマグカップをテーブルに置き、冷静に反論する。

「目的が達成できるまで、仮住まいとしてこの場を提供してくれたことには、深く感謝します。しかし、己の理解力の範疇を超えているからといって、その苛立ちを僕にぶつけるのは、お門違いもはなはだしい。それに、いまが(さく)の時期であり、月の入りになる夕方になるまで猫の姿になることは無い以上、日中は変身するところをお見せすることが叶わないのです」

 切って捨てるように少年が言うと、あゆみはぐうの音も出なくなり、タンニンが出て渋くなった紅茶を飲み干しては、悔し紛れにボソッと呟く。

「仔猫の姿のときは、可愛いと思ったのになぁ。口を利くと、小生意気なんだから」

「お言葉を返すようですが、失望したのは、お互いさまです。夜目に隙の無い身なりをしているのを見かけたときは、絶世の美女かと思ったものですが、こうして陽の光に照らされたところをみると、ガッカリですね。本当に女性なのか、疑いたくなるレベルです」

 遠回しに現状のルックスが醜悪だという少年に対し、あゆみはカチンときて感情的な言動をとる。

「なっ! 黙って聞いてれば、いけしゃあしゃあと失礼なことを言うんだから。私だって、やればできるだから」

「では、何故しないのですか? 出来るのにしないのは、出来ないのと変わりませんよ?」

 煽るように少年が言うと、頭に血が上ったあゆみは、安請け合いをしてしまう。

「いいわよ。出来るけどして来なかっただけだってことを、これから証明してみせるわ!」

「無理しないほうが身のためですよ。どうせ、出来もしないんですから」

「いいえ、そんなことないわ。今に見てなさい!」

 あゆみはマグカップを持って立ち上がると、それをシンクに持って行き、中を水で軽くゆすいだあと、中性洗剤を付けたスポンジで洗い始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ