034「嵐の前の静けさ」
――ちゃんと、お薬を飲んで寝ただろうか。一応、すぐに食べられるように、レトルトのお粥も片手鍋に用意しておいたけど。蓋のメモに気付くかしら。
「いやいや。江崎くんだって子供じゃないんだから、大丈夫か」
――だいたい、なんでポロッとあんなことを言ったんだろう。心配だったからか? なんで私が、あんな男の心配なんかしなきゃいけないのよ。あぁ、もう。
こたつテーブルに水を入れたグラスや食器類を並べながら、あゆみが一人でノリツッコミしていると、両手にミトンをはめ、湯気立つチーズハンバーグを乗せた洋皿と、ドレッシングで和えたちぎったレタスやプチトマトを入れたサラダボウルを、丸盆に載せて持ってくる。
「美味しそうに出来ましたよ。前にスーパーで見たときと、まったく同じです。今日は、あの婦人が居なかったので、無理に何かを食べさせられることもなく、茉莉さんに遭遇することもなかったので、買い物が早く終わりました。ミッションコンプリートです」
シーニーは、テーブルの上に丸盆に載せてきたものを並べると、晴れやかな笑顔で言った。
――試食のおばさんは、シーちゃんにとって鬼門なのね。そういえば、子育てを終えた年配の人は、たいてい子供の食欲は無限大で底無しだと、どこかで思ってる節があるけれど、どうしてなのかしら。どう考えたって、大人より胃袋が小さいはずなのに。
「ありがとう。短時間で、ここまで家事をこなしてくれるのはありがたいけど、頑張りすぎないでね」
「いいえ。こうして厄介になってるわけですから、頑張らせてください」
シーニーが元気よく言い切ると、あゆみは、心配そうに言う。
「そう? でも、無茶しちゃ駄目だからね。シーちゃんには、他に大事なことをやらなきゃいけないんだから」
「あぁ、えぇ。そうですね」
あゆみの言葉を受け、シーニーは、ほんの少し肩と声のトーンを落として、歯切れの悪い調子で言った。
――やんわり注意したつもりだったけど、やる気を否定されたと思っちゃったかしら。語勢が強いからなぁ、私。
あゆみがシーニーにかける語彙を脳内検索していると、玄関ドアをバンバンとノックする音が聞こえる。
――誰かしら? こんな時間に。
「チョット出てくるから、ここで大人しくしててね。先に食べ始めても良いわよ」
「いえ、待ちます」
「そう。じゃあ、手短に済ませるわ」
二人は小声でやり取りを交わすと、あゆみは玄関へ行き、チェーンロックをかけてから開錠した。
*
「親しげでしたけど、誰だったんですか? 荷物や手紙を届けに来た様子ではありませんね」
フォークでハンバーグを刺しつつ、シーニーが質問すると、茶碗に盛った白飯に箸を入れながら、あゆみが答える。
「近所の交番にいる、お巡りさんよ。都市部に勤務する警察官にしては、珍しく気さくなおじさんで、一度、失くしたアパートの鍵を探してもらったことがあってね。それ以来、仲良くしていただいてるの」
――まだ、仕事のためにこっちに越してきて間もないころだったから、あのときはホントに助かった。
「ふ~ん。それで、そのお巡りさんが、何の用事だったんですか?」
「最近、この辺を不審者が徘徊してるらしいから、暗くなってから帰宅するときは、周囲に気を付けてくださいって。シーちゃんも、買い物帰りは、怪しい人に注意してね」
「はい。出来る限り、警戒しておきます」
「頼むわね」
「任せてください。これでも、護身術には覚えがあります」
シーニーは、口の端にデミグラスソースを付けつつ、自信たっぷりに宣言した。
――王子さまだものね。さすがだわ。でも、過剰防衛にならない範囲にしてほしいわね。それと、不審者が成人男性とは限らないことも、言っておくべきかしら。




