029「答えは花の中」
――周囲が見えなくなるくらい一つのことに熱中して、そのせいで精神や身体を駄目にしてしまうのと、何事もほどほどにして、どこか漠然としたくすぶりを抱えて長生きするのと、どっちが幸せなんだろう。どうしてジュンやお父さんは、前者だったんだろう。
タタン、タタンと、どこか眠気を誘うような小気味良いリズムで快走する車内で、倒したリクライニングシートに身体を預け、流れ去る夜景を見るともなしに見ながら、あゆみは物思いに耽っていた。
――いくら考えたって、他人の気持ちは、本人以外には理解出来っこない。たとえ、それが家族の間柄であっても。親しい関係にあるがゆえに、相手の心をわかったつもりで、つい、すべきでない余計なことをしてしまったり、すべきである大事なことをしなかったり。
「好きなときに好きな相手の心が読める魔法があったら、なんてね」
トンネルの夜闇に向かって、あゆみが独り言ちた。そのあと、トンネルを抜け、転轍機標識を越えた列車が、分岐器を通過するガタガタッという耳障りな音を連続させる。
――後戻りできない進路選択のことを、人生のターニングポイントというけれど、私の分岐点は、どこにあったのかしら。二年前、三年前、五年前、十年前。それより、もっと前かなぁ。
そのあと、車内では車掌が特急券の検札にやってきたり、ワゴンを押した販売員が回ってきたりした。あゆみが、それらを、どこか心ここにあらずといった様子でおざなりに応じているうちに、列車は都心にあるターミナルへと到着した。そして、完全に車両が停まって左右のドアが開いた頃になってから、あゆみは窓の外の駅名標にハッと気づいて立ち上がり、急いで網棚に置いていた手荷物を持ち、その櫛型のホームへと降り立った。それから、乗車券を自動改札に通して抜け、アパートの最寄り駅へと向かう電車が走る路線のホームへと、乗り換えに移動した。
*
――すっかり遅くなってしまったなぁ。さすがにシーちゃんは、寝てるわよね。
あゆみは、後ろ手で玄関のドアノブを握り、音を立てないようにソローッと閉めると、暗闇の中でスニーカーを脱ぎつつ、玄関マットの上に慎重に手荷物を置き、壁に手を当てながらスイッチを探す。すると、あゆみがそれに触れるより先に、パチンという音とともに天井にある電球型の照明が灯る。
「あっ!」
呆気にとられたあゆみの目の前には、オレンジのカーネーションを持ったシーニーが立っていた。そして、シーニーは何も言わずにあゆみにオレンジのカーネーションを渡すと、いきなり、腰に手を回して抱きつき、くぐもった声で言う。
「おかえりなさい、あゆみさん。おやすみなさい。間に合って、よかった」
そう言った刹那、シーニーはポンッという煙とともに猫の姿に変わる。あゆみは、慌ててカーネーションと猫を抱きかかえると、モフモフの腹の毛に顔をうずめ、すすり泣いた。
――今日は、泣かないって決めてたのに。こんなの反則よ、シーちゃん。




