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027「リフレッシュ」

――誰かは知らないけれど、いつ来ても先に季節のお花が供えてあって、お線香もあげられている。忙しいお母さんや、熱心な檀家を多く抱えている住職が、こんなマメなことをしているとは思えないので、きっと、ジュンのことを知るご近所の誰かが代わりにやってくれているのだろう。誰に褒められるでもないし、何か儲けになるわけでもないのに、ご親切なことだ。

 左右の花立には皐月(さつき)忍冬(すいかずら)、その手前の香炉には半分近く灰になった線香の束が置かれている。あゆみは、石碑の前に立ち、静かに瞼を下ろし、手を合わせて拝む。

――故人が仏さまに生まれ変わって守護霊になるだとか、生前の行いに応じて輪廻転生の道を歩むだとか、そんな宗教的なことは、この際、私には関係ない。少なくとも、火葬場で荼毘に付した遺骨が、この墓石の下に埋まっていることだけは確かなのだ。あくまで、これは、それらに敬意を示しているに過ぎない行為だ。

 あゆみは、そっと目を開けて手を下ろすと、チラッと右手に建てられている墓誌に視線を走らせる。

――一番左に刻まれた二年前の列だけ、一番上の戒名が空欄になっている。これは「僕の名前は森永ジュンであり、たとえ亡くなったあとであっても、それ以外の名前は自分の名前だと認めない」という強い意志を反映してのものだ。だから、二年前の今日の日付、二十六という享年、そして俗名だけが記されている。余談だが、彼は臓器移植提供にも、反対派だった。ジュン曰く「自分の肉体は、オリジナル一代限りのもの」なのだそうだ。

「生きていれば、今年の秋に二十九歳になってたのよね、ジュン」

 燕が飛ぶ青空を見上げ、感傷に浸りながらポツンと意味もなく言うと、あゆみは伏し目がちに後ろに下がりながら親柱のあいだを抜け、一瞬、顔を上げて石碑を見たあと、玉砂利を踏んでその場をあとにした。

  *

――その後の優秀な日本の警察の調べで、教授の研究室で致死量の薬剤を実験目的で使用するとして、ジュン名義で薬品庫の開錠許可が届け出られていながら、肝心の実験した形跡がないことから、ジュンは、この研究室の薬剤を持ち出して自殺を図ったと判断され、この事実が明るみに出た教授は、さらなる追及によって、その他もろもろのアカハラの発覚とともに、学界から永久に追放された。

「用意周到で、計画的と言えるけど、賢い頭を、もっと他の使いかたが出来なかったの、ジュン。象牙の塔に蔓延する病巣を断ち切るにしたって、なにも自らの命をかけること無かったんじゃない?」

 厚手のカーテンが元通りフックに吊り戻された窓辺で、あゆみは窓棚の上に腰を下ろし、独り言をもらしながらスマホを操作する。何度か画面をタップしたりスワイプしたりしたのち、一枚の画像で手を止める。そこには、古めかしいべっこうフレームの眼鏡をかけた白髪交じりで七三分けの男、その男に似た顔で、やや細面で秀才ぶりを匂わせる青年、今よりも少し若々しい溌溂さに満ちたあゆみ、そして、さきほど一階にいた婦人が、あゆみと同じように、いくぶん髪や肌の艶がある姿で写っている。

「まさか、この写真が、家族四人で撮るさいごの一枚になるとは思わなかったわ。完全にリラックスしてる状態だから、ちょっと恥ずかしい」 

 あゆみは、親指と人差し指を男と青年のあいだに置くと、そのまま二本の指のあいだを広げ、二人の顔を拡大する。

「お父さんは引き締まった凛々しい顔をしてるし、ジュンも、向学心に燃えた精悍な顔をしてる。このままずっと、この幸せな時間が続くと信じていたのになぁ」

 あゆみは、画像を閉じてタスクを消去し、電源ボタンを押すと、窓棚から立ち上がり、スマホをスラックスのポケットにしまい、両手を組んで大きくウーンと伸びをする。

「何をどうしたところで、いまさら過去は変えられないわけだから、追憶タイムは、このくらいにしよう!」

 あゆみは、その場に誰かがいるかのように堂々と宣言すると、スパンと勢いよく部屋の襖を開け、隣の和室へと移動した。

――亡くなったジュンのためにも、生きてる私たちは、振り返らずに懸命に前に進まなくちゃ。

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