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022「野沢菜と雪解け」

――三歩進んで二歩下がった感じだわ。せっかく仲が深まってきてたと思ったのに、また大きく溝が開いてしまった。みどりちゃんとも、何となく壁が出来てしまってるし。どちらの不協和音のキッカケも、江崎くんよね。……いや、他人のせいにするのは、やめよう。

 メモを見ながら黙々と買い物かごに商品を入れていくシーニーを見ながら、あゆみは、徐々に重くなるかごと同じように、重たい気持ちになっていた。

――一緒にキッシュを作ってるあいだに、シーちゃんと仲直り出来たら良いんだけど、このままじゃ難しいかなぁ。

 そこへ、角から茉莉が姿を現し、あゆみに陽気に声を掛ける。

「あら、あゆみちゃん。おはよう」

「あっ、おはようございます、茉莉さん」

 あゆみが挨拶を返していると、シーニーがホウレンソウを持ってきてかごに入れつつ、茉莉に挨拶する。

「こんにちは、茉莉さん」

「はい、こんにちは。なんだか、二人とも元気が無いわね。どうしたのよ?」

 茉莉に言われ、あゆみがシーニー顔の見ると、シーニーはプイッと顔を背け、茉莉に礼を述べる。

「この前は、アイスをありがとうございました。冷たくて美味しかったです」

――あぁ、そうだ。アイスの御礼も言わなくちゃと思ってたんだった。色々ありすぎて、すっかり失念してたわ。

「どういたしまして。あっ、そうだ」

 茉莉はシーニーに微笑みを返すと、トートバッグから一枚のチラシを出し、あゆみに渡しながら説明する。

「明日は、母の日でしょう? だから、明日の午後に、ちょっとしたイベントを開こうと思うのよ。店頭で、フラワーアレンジメントのお教室をしようと思うんだけど、そのときに、できればアシスタントとして、ハンサムボーイをお借りしたくて。どうかしら? 終わったあとは、ちゃんと日が高いうちにアパートの前まで送っていくわよ」

「明日の午後ですか。そうですねぇ」

――明日は、私は朝から実家に出かけるし、お昼から夕方までなら、お花屋さんで預かってもらったほうが好都合だけど。

 あゆみがシーニーのほうを向くと、代わりにシーニーが答える。

「お役に立てるなら、僕は賛成です」

「そう。来てくれたら、とっても助かるわ。――ねぇ、あゆみちゃん。良いかしら?」

「えぇ。ちょうど、私は、明日の朝から出掛けてしまうところだったので、助かります」

「あら。こんな可愛い坊やを置いて、お一人でお出掛けなのね。ひょっとして、デートに行くの?」

「違いますよ。少し前に母から電話があって、たまには実家に顔を出すよう言われただけです」

「なんだ、里帰りか。――あっ、ひょっとして、せっかくの休日なのに、一人でお留守番しなきゃいけないから、拗ねてたの?」

 茉莉がシーニーに向かって訊くと、シーニーは困ったように笑いながら、曖昧に答える。

「まぁ、そういうことも、あるような、ないような」

「ウフッ。どうやら、図星だったみたいね。――それじゃあ、明日の午後に、アパートまでお迎えに行くわ」

「いえ。お店のことがあるのに、わざわざ来ていただかなくても」

「心配も遠慮も不要よ。明日は茎子(けいこ)もいるから、ちょっとくらい店をほっぽり出しても平気なの。きっと茎子は、また田舎から送られてきた野沢菜を持ってくると思うわ。よかったら、また貰ってちょうだい」

「アハハ。それは、安心ですね。いただきます」

「ノザワナって何ですか?」

 シーニーが疑問を挟むと、茉莉はあごに指をあてて少し考えてから、かごに入っているホウレンソウを指差しながら説明する。

「アブラナ科の野菜よ。見た目は、それに似てるかしら。もっとも、茎子が持ってくるのは、お塩でお漬物にした状態のものなんだけどね。――じゃあ、アタシは明日の準備もあるから、このへんで失礼するわ」

「それでは、また」

「また明日、茉莉さん」

 茉莉がしゃなりしゃなりと早足で歩いて立ち去ったあと、完全に姿が見えなくなったのを確認したシーニーとあゆみは、同時に互いのほうを向き、そして同時に頭を下げて言う。

「ごめんなさい、あゆみさん。僕が悪いんです。――あれ?」

「ごめんね、シーちゃん。私が悪かったわ。――あら?」

 二人は顔を上げると、しばし無言のまま見つめ合い、やがて可笑しさをこらえきれずに吹き出した。そして、冷戦を終えた二人は、ニッコリと微笑みながら会話を交わしはじめた。

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