012「平成も遠くなりにけり」
「そうねぇ。高卒入行組は、もう二千年代生まれなのよね。早いものだわ」
「そのうち、大卒入行組も同じようになりますよ。もう、平成という元号ではなくなったことですし」
アメリカンコーヒーと玉子サンド、ミルクティーとベルギーワッフルが並ぶ喫茶店のテーブル席で、いつものように二人の女子行員が、他愛もないお喋りに花を咲かせている。そこへ、額に汗を浮かべ、片手に革のカバンとジャケットを持ち、袖をまくったワイシャツ姿の江崎が姿を現し、カウンターに向かって声を掛けつつ、二人に近づく。
「マスター。俺、いつものね! ――よぅ、お二人さん。何を仲睦まじく話してたんだ。俺も入れる話か?」
「出たな、疫病神。昭和オジサンは、喫煙席で灰を真っ黒にしてなさい」
「残念でした。タバコは、もう吸わないことにしたんです。コーヒーで肌を黒くしてる八十年代オバサンに言われたくありません。――隣、良いかな?」
江崎がみどりに声を掛けると、みどりが答える前に、あゆみが長財布や化粧ポーチが入った透明なビニールバッグをみどりの隣の席に置く。そして、あゆみは奥へ詰めながら、手前の席を叩いて江崎に言う。
「みどりちゃんに手を出す危険性があるから、ここへ座りなさい」
「やれやれ、敵意丸出しだな。へいへい、仰せのままにしますよ」
渋々といった様子で、江崎はみどりの隣の席にカバンを置き、あゆみの隣に座り、首元の結び目に指を掛けてシュッとネクタイを引き抜き、畳んでジャケットのポケットに入れると、それを背もたれに掛ける。そこへ、初老の男性がエスプレッソとアイスクリームを運んできてテーブルに置き、静かな微笑みと伝票を残して立ち去る。
「どうも。さぁて。融けないうちに、溶かしますか」
そう言って、江崎はアイスにエスプレッソ少しずつかけ、とけ始めたところを木製のスプーンですくって食べはじめる。
「変わった食べかたですね。何という食べ物ですか?」
テーブルに立っているメニューをチラ見しながら、みどりが江崎に問うと、江崎はあゆみのほうを向いて訊ねる。
「常連向けの裏メニューだから、そのメニュー表には載ってないんだけどさ。えーっと、何とかガードとかナントカ」
「アフォガートでしょう? まったく。何も、ここで休憩すること無いじゃない」
溜め息をつきつつ、あゆみが玉子サンドを齧ると、江崎は透明の筒から三人分の伝票を引き抜きながら、二人に向かって言う。
「露骨に嫌がるなよ。ここは、俺がみんな奢るからさ」
「えっ、いいですよ。私は、自分で払いますから」
みどりが江崎の持っている伝票に手を伸ばしかけると、あゆみはその行く手を片手で遮り、江崎のほうを向きながら言う。
「いいから、ご馳走になりなさいよ。今朝のことも含めて、この男には迷惑料を払わせないといけないわ」
「いつ、俺が迷惑をかけたっていうんだよ?」
「あら。ここへ初めて来たときだって、ずいぶん酷いことをしてくれたじゃない」
「お前が屋上で一人で弁当を食べてるところへ、俺がバレーボールをぶつけた話か?」
「それ以外にも、数え上げたら、枚挙に暇がないほどあるけど?」
「根に持つなよ。こうして同僚の利用が少ない穴場を教えてやったんだから、いい加減、水に流せよ。あのときも、謝ったろう? 昔の話を蒸し返すのは、褒められたことじゃないぞ。友だちを減らすだけだ」
「なんですって?」
「まぁまぁ、お二人とも、落ち着いてください。食べ終わる前に、お昼休みが終わっちゃいますから。ねっ?」
困ったように眉をハの字に下げながら、みどりは可愛く小首を傾げた。すると、二人は顔を見合わせて言う。
「彼女の言う通りだ。ここは、ひとまず休戦しよう」
「そうね。それが賢明な判断だわ。――ごめんね、みどりちゃん」
あゆみがみどりに謝ると、みどりは照れ臭そうにはにかみ、ワッフルにナイフを入れ始めた。
――あぁ、思い出しちゃった。江崎に初めてここへ連れてこられたときに、口車に乗せられて、半ば強引にアドレスを交換させられたんだったわ。すっかり忘れてた。




