011「重い好意に軽い悪意」
――鼻孔をくすぐる香ばしく甘い匂いで起床すると、こたつテーブルの上に、カフェで出しても遜色ないレベルのフレンチトーストが用意されていた。
「あっ、おはようございます。ちょうど、焼き上がったところなんですよ」
フライパンを持ったシーニーに、眩いばかりの笑顔で言われ、あゆみは、愛想笑いを返しつつ、二日酔いでもたれる胃を片手で押さえ、もう片方の手に着替えを持って、のろのろと洗面所に向かう。
――二日酔いでなくても、朝からフレンチトーストは、アラサー女子には重たいって。でも、嫌がらせじゃなくて善意で用意してくれたんだろうし、食べないわけにもいかないわよね。うぅ。想像しただけで、頭が痛くなってきた。
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「なるほど。それで、朝からグロッキーなんですね」
「そうなのよ。結局、完食できなかったから、余計に申し訳なさが大きくて。美味しくないわけじゃないから、また休みの日にでも作ってとは、一応、言っておいたんだけど。借りたレシピ集で、せっかく手料理を振舞ってくれたのに、可哀想なことをしちゃったわ」
そう言って、あゆみは「弱った胃腸に高濃縮のクルクミン」と太字で刺々しく書かれた栄養ドリンクの空き容器をゴミ箱に捨てる。そこへ、朝から陽気な江崎が姿を現す。
「おはよう、森永。気になって様子を見に来たんだが、やっぱり二日酔いみたいだな。ハッハッハ」
「出たな、諸悪の根源」
快活に笑う江崎を、あゆみが眼光鋭く睨み返すと、みどりがあゆみに耳打ちする。
「このかたですか、江崎さんというのは」
「そうよ。見た目に騙されないようにね。中身は、不潔で無神経だから」
あゆみが囁き返すと、江崎はあゆみの旋毛を指で突きながら言う。
「聞こえてるぞ、森永。俺は、クリーンで誠実な男だ」
「女子同士の話を盗み聞きしないでよ。そういうところが無神経だっていうの」
「人聞きが悪いな。聞かれたくなければ、俺が立ち去ってから話せばいいだろうが。これだから高卒は頭が回らなくて困る」
「馬鹿にしないでちょうだい。私だって、大学に行けるだけの頭は、無いこともなかったんだから」
「そりゃあ、エフランクでも良ければ、拾ってくれるところはあるだろうよ」
「なにさ。卒業生に実業家が多いだけが取り柄の、古臭い私立大学じゃない。偏差値で言ったら、県立大学よりワンランク下よ? しかも、卒業ギリギリになって、必修のゼミナールの教授を拝み倒したんでしょう?」
「うるさい。そういう強請りネタに、貴重な記憶力を使うな」
「使われたくなかったら、お酒の席で武勇伝めかして得々と語らないことね」
あゆみと江崎が丁々発止とやり取りしているところへ、みどりは恐る恐る手を挙げながら口を挟む。
「あのぅ、お二人さん。喧嘩するほど仲がよろしいのはわかりましたから、そのへんでやめませんか?」
みどりに指摘され、あゆみと江崎はバツの悪い顔をして互いに視線をそらすと、周囲の冷ややかな目を気にしつつ、それぞれの持ち場につく。




