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010「同期で年上で残念な男」

――アラームが鳴らなかったら、いつものバスに乗り遅れ、いつものバスに乗り遅れたら、普段より一本あとの電車に乗り、普段より一本あとの電車に乗れば、会社に遅刻し、会社に遅刻すれば、仕事の進捗が遅れ、仕事の進捗が遅れれば、残業しなければならない。竜巻が起きるのは蝶が羽ばたいたからであり、堤が崩れるのは蟻が穴を開けたからであり、桶屋が儲かるのは風が吹いたからであり、ねぼすけが残業を命じられるのは充電を怠ったからである。些細な一つの出来事が、ドミノ倒しのようにあとへあとへと影響を及ぼすことは、ままにあることである。よくあることなのだけれど。

 焼鳥屋のカウンター席で、あゆみと短髪で精悍な顔の筋肉質な男とが、エル字の角を挟んで世間話をしている。

「まさか、森永がまだ勤めてるとは思わなかったな。良い奴を見つけて、とっくに寿退行してると思ったのに。同期がドンドン抜けて、上から数えたほうが早くなってるんじゃねぇの? やーい、やーい、お局さま」

――こんなことになるなら、真っ直ぐ電車に乗って帰ればよかった。リップとハンドクリームなんて、アパートの前にあるコンビニでも買えるというのに。

「おあいにくさま。そういう江崎くんだって、雌熊とでも結婚すれば良かったのよ」

 江崎と呼ばれたワイシャツ姿の男のからかい文句に対し、あゆみは指輪の無い男の手を見ながら、返す刀で冗談を言った。男は、その視線に気付かないまま、揚げ出し豆腐に箸を入れながら言う。

「相変わらず、すました顔してキツイことを言うんだな。あんまりズケズケ言ってると、嫌われるぞ」

――どの口で言うか、このデリカシー無しめ。

「余計なお世話よ。そもそも、はじめにズケズケ言ってきたのは、そっちじゃない。それも、初対面の歓迎会の席で」

 あゆみは、小鉢に盛られたポテトサラダを食べつつ、眉を顰めながら言った。

「あれ、そうだっけ? 最初のうちは、わりとジェントルマンだった思ってたんだけどなぁ」

「ボケるのは、まだ早いわよ。まぁ、あのとき江崎くんは、すっかり出来上がってたから、覚えてなくても無理ないでしょうけど」

「あぁ、そういうことね。あの当時は、いまの部長に勧められるまま、学生気分で浴びるように飲んでたからなぁ。もう、あんな無茶な飲みかたは出来ない」

――無茶の一言で片付けるんじゃないわよ。年配男性の多い慣れない飲み会の席で、途中から気分が悪くなった私に、ヘラヘラと「生理か?」と訊く馬鹿だったくせに。今なら、立派なセクハラ案件なんだからね。

「そうね。課長さまが酔って醜態をさらしたら、また遠くへ飛ばされる羽目になるわね」

 あゆみがそう言ったとき、店のロゴが書かれたティーシャツを着たアルバイトが現れ、二人のあいだにジョッキを二つ置いていく。それを見て江崎は、ジョッキを持ってあゆみに言う。

「せっかく戻ってきたんだ。縁起でもないことを言わないで、少しは祝ってくれ。カンパーイ!」

「はいはい。乾杯」

 あゆみもジョッキを持ち、二人はカチンと軽く打ち合わせ、江崎はぐびぐびと、あゆみはごくごくと飲み始める。

――五年前の私は、どうして、こんなどうしようもない男と付き合ってたんだろう。キッカケは、何だったっけ?

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