第四章 正論
「全く、今日は散々な目にあったわ……」
家に帰った途端、珍しくぐったりとしているまりあだった。
それもそのはずだ。あの後、弁当を三人で和気あいあいと食べているふりを皆に注目され、続いて下校時も俺を引き連れて一緒に家へ帰ろうとするまりかの強引な誘いに乗り、終いには下校中も仲の良さを周囲に見せつけなければならなかったからだ。すなわち、普段では弟と妹の前ではワガママな姉であるはずが、「面倒見がいい生徒会長モード」で二人に気を使わせ続けられたのだから、疲れないはずがない。
「お姉さん、分かりましたか? 私だってやるときはやるんですよ?」
そう言って胸を張るまりか。確かに今回のことは俺もまりかのことを軽視しすぎていた。
「悪かった、まりか……。お前の秘策とやらは俺にとったら劇薬だったよ……」
「だから言ったではありませんか。それもこれも、お姉さんとお兄さんが仲直りしないからですよ?」
そういうまりかだったが、椅子に座っているまりあはテーブルにひじをついて不機嫌そうにしていた。
「そういうけどね、まりか。今回のことに限らず、あらたと私は普段から仲良しこよしではないわよ」
「お姉さん、そんなこと言わないでください。今日の夕飯を抜きにしますよ?」
「……なかなか言うようになったわね、まりか。どうしてそこまでして、あらたと私が仲直りみたいな真似をしなくてはならないのかしら?」
まりあが怪訝そうにまりかを見ても、まりかはそれに動じなかった。
「だって私、お姉さんのこともお兄さんのことも好きなのに、ずっとこのまま仲が悪くなるのは嫌だったんです!」
「まりか、とても恥ずかしいことを言っているのに気づいていないの?」
「本当のことなんですもん!」
しかし次第に、まりかの声が震えだした。目から薄っすらと涙を浮かべているようにも見えた。
「いい加減、仲直りしてくださいよ……」
そういって、まりかはうつむいた。その様子に俺は申し訳なさでいっぱいになった。
まりかは何も悪くない。それなのに、ここ数日、見栄を張ってか俺とまりあのせいで家族の雰囲気は最悪だった。それでもまりかは、まりかなりに俺とまりあを仲直りさせようと必死に策を考えたはずだ。まりかはそれだけ、俺たちのことを想ってくれていたことが伝わる。まりあもそれが分かったのだろうか、目線が下へ向いていた。
「……すまなかったな、まりか。本当に悪かった」
「そうね。まりかは関係ないもの。私も悪かったわ」
俺もまりあも謝罪した。するとまりかは涙をぬぐう仕草をして、そしていつも通りの笑顔を見せた。
「それじゃあ、お二人とも、仲直りしてくださいね!」
まりかにそう促され、俺とまりあはお互いを見合った。
「怒ったりして悪かったな、まりあ」
「……私こそ、大人げなかったわ」
それを聞き、俺は何故かホッとした気持ちになった。俺も張り詰めた空気に嫌気がさしていたのだろうか。
「これで仲直りですね!」
「まりか、これで夕飯抜きは免れられたかしら?」
「はい! もちろん!」
そういうと、まりあはドンと椅子にもたれかかった。
「こいつとは一生話さないつもりでいたけど、仕方がないわね。まりかのために、最低限の相手はしてあげるわよ」
「まりあ、あのなぁ……」
再びいつも通りの女王様キャラへと戻ったまりあだった。いつもなら不愉快なことが多いはずだが、今は安心している気持ちの方が大きかった。
ようやく雰囲気も落ち着いたところで、俺はずっと引っかかっていた疑問を思い切ってぶつけることにした。そう、ケンカの原因となったまりあの発言だ。
「それにしても、まりあ」
「何よ、あらた。まだ私に何か言い足りないことがあるわけ?」
「言い足りないというか、質問なんだけど……。お前はどうして友達の方が悪いなんて言ったんだ?」
「……また私に勝負をふっかけたいわけ?」
「そういうわけじゃない。今回はまりあの気持ちを率直に聞きたいだけだ」
敵意がないことを示すと、まりあはしばらくの間を置いた後に口を開いた。
「私は彼女が……ひかりが、どうして他人に助けを求めなかったのかが気に食わなかったわ」
「それは他人にいじめられているって漏らしたら、いじめがエスカレートするに決まってるって思ってたからじゃないか? よくある話だろ?」
「そうね。でも……」
その時の彼女の目は、真剣そのものだった。
「生きる勇気より死ぬ勇気をとったってことが間違っていると思うわ。先にあるかもしれない幸せを無下にして、さらにひかりの家族を悲しませるようなことをするなんて、どんな理由であれそんなの許せるわけないじゃない」
「まりあ……」
「それに……友達と思ってる私を頼らないなんて、私を悲しませるなんて、一番の大きな間違いよ」
そう静かに告げた。
俺はまりあの言っていた通り、まりあの発言すべてには納得はできなかった。湯川さんからしてみると、やはりいじめられて辛かっただろうし、自殺行為までしていたことは周りのことまで考える余裕なんてなかっただろう。
しかし、まりあの言っていたことも分からなくもなかった。キツイことを言っているようにも聞こえるが、仮に死んでしまっていたなら……いや、死んでいなくても自殺行為を行ったことは、まりあからしてみれば自分の無力さと気づいてあげられなかった悲しさがあっただろう。湯川さんだけに限ったことではないと思うが、本人が分からないだけで、どこかで見守っている人はいるだろうからだ。
まりあは単純に友達を批判したわけではない。まりあは、まりあなりの考えを持っていた。それが正しいのか間違いなのかさておき、彼女は彼女なりに信念を貫いていた。
「これで満足かしら?」
「満足したよ。まりあが何を考えているか分かったからな」
「そう」
「まりあの言う通り全ては理解できなかったけど、少しだけ分かった気がした」
「そんな気持ちの悪いこと言わないで」
「俺は素直な感想を述べただけだぞ?」
そういうと、まりあは急にうろたえだした。
「な、何をバカなことをいっているのよ! 私をからかわないで!」
「からかってなんかいないぞ」
「このバカ!」
いつも通り俺に暴言を吐くと、まりあはその場を後にした。
「お姉さん、なんだかんだで友達思いですよね」
「そうだな……」
俺とまりかは、いつの間にか微笑んでいた。