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彼女の正論  作者: 洋梨の缶詰め
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第一章 事件

 「もうお兄さん、いつも夜遅くまでゲームしていたら起きられないですよ?」

 制服にエプロンをまとったまりかが三人分のハムエッグをテーブルへと並べる。そこにタイミングよくトースターが鳴ると、焼き立てのパンをまりかが取り出してそれも並べた。

 「まりか、あらたに何を言っても無駄よ。あきらめた方がいいわ」

 まりかの俺へのフォローも、すでに席に座って朝食を待っているまりあによって叩き潰される。

 「……おい、まりあ。たまには、まりかの手伝いをしろよ。女子ならな」

 未だに熱を帯びている頬をすりながら、俺はまりあの向かい側に座る。

 「あんたには言われたくないわよ。ゲームだけしか取り柄のないあんたにだけは」

 「お前は料理ができないだろうが」

 「ゲームでしか取り柄のないあんたには言われたくないわよ」

 腕組をして堂々とした発言をするまりあに、俺はぐうの音も言えなくなった。

 「はいはい、二人とも。朝からケンカをしないで朝ご飯を食べてください」

 まりかがまりあの隣に座り、ようやく落ち着いて朝食の時間になった。

 いつも家事はまりか一人でやっている。何故かというと、家には両親がほとんどいないからだ。父親は某大手企業の社長、母親はその秘書をやっていて、交渉やら付き合いやらで全国を回っているのだから仕方がない。

 まりあはというと、壊滅的に家事ができない。即席のラーメンでさえ焼きそば状態だった。仕方がないので、まりかに家事は一任してもらっている。俺ももちろん、家事ができないっていうのもあるが。

 「あ! これ欲しい!」

 すでに朝食を済ませていたまりあが自分のスマートフォンを見て突然叫んだ。また始まったか。まりあの悪い癖。

 「突然どうしたんですか? お姉さん……」

 「まりか! これを見なさい! これ、なかなか手に入らないブランドのお財布よ!」

 戸惑うまりかに自分のスマートフォンの画面を見せつつ、若干興奮気味のまりあ。それにうんざりする俺だった。

 「さて、これを買いましょうか」

 そういってまりあがスマートフォンの画面をタップしようとした時、それを俺は制した。

 「まりあ。それはいくらするんだよ?」

 「何? あんたには関係ないでしょう?」

 「一応、両親の金なんだぞ。いくらなんだ?」

 「そうね。十二万ってところね」

 「じゅ……!いくら何でもそれはまずいだろ!」

 俺がそういった時だ。

 「はぁ? あんた、さっきから何言ってんの? 私が欲しいって言っているんだから、別にいいでしょう?」

 「よくねーよ!」

 「あんた、本当に目が節穴ね。私が欲しいものは全部センスがいいんだから、すぐに売り切れちゃうものばかりよ? それを今買わないでいつ買うっていうのよ?」

 「両親の金で買って大丈夫なわけ……」

 「はい、購入完了」

 俺の反論を無視して、あっけなく十二万は吹き飛ぶこととなった。

 「まりあ、お前……」

 「大丈夫よ。次の試験の結果もトップを狙いに行くから。それじゃあ、先に家を出るわね」

 そういって席を立ったまりあは自分のカバンを持って、さっさと家を出ていくのだった。

 「お、お兄さん、大丈夫ですよ、多分……」

 俺のことを気づかおうとしてくれてるのか、おたおたしているまりか。兄思いの俺にとっては癒しである。

 「ありがとう、まりか……」

 今回の口論にも敗れ去った俺は、うなだれるしかなかった。


 俺の通う藤桜高校は地元では有名なお金持ちが通う共学の私立高校だ。まりかはそこの一年、俺は二年に所属しており、まりあはというと……。

 「今日も清く、正しい学校生活を送りましょう」

 三年生でなおかつ、生徒会長を務めていた。学校で流れる朝礼放送を眠たそうに聞く俺。本当に家にいる、あの女王様の姉なのか?

 「いやいや、今日も凛々しいね。お前のお姉様は」

 「冷やかすな。俺は今日はすごく機嫌が悪いんだ」

 「またまたー」

 俺に突っかかってきたのは平雅人。ゲーム仲間の一人で、一番付き合いが長いといってもいい。

 「で、俺が貸したゲームはどうよ?」

 「どうもこうも、簡単すぎてすぐにクリアできたよ」

 「さすが! このゲーム、難関なことで有名なくらいのゲームなんだぞ?」

 「知るか」

 俺がふてくされて窓側を向いた時だった。


 ひゅん。


 (何かが落ちていった……?)

 俺には確かに、下に落ちていく影が見えた。一瞬だけだが、何かが。

 すると、数秒後には、

 

 ドサッ!


 完全に何かが落ちた音がした。

 「な、なんだ?」

 雅人にも、他のクラスメイトにも聞こえるくらい、大きな音だった。その瞬間。

 「キャー!」

 窓際に座っていた女子生徒が悲鳴を上げ、体は大きく震えていた。

 その状況を見たクラスメイト達も寄ってたかり、窓の下を見ては騒いでいた。俺と雅人もその集団に混じる。そこで見たものは、

 「う、嘘だろ……?」

 グラウンドに横たわる、血まみれの一人の女子生徒だった。

 「おいおい……、ここの教室は二階だぞ?」

 雅人も動揺を隠せていないようだ。

 俺も落ち着いてはいられなかったが、仮にこの女子生徒がさっきの影だとしたら。

 この藤桜高校は三階建ての校舎なのだから。

 彼女はそこから飛び降りた、ことになる。

 「……!」

 俺はとんでもない場面を目の当たりにしたことに、かなりの恐怖を覚えた。

 「み、みなさん! 一度冷静になって、担任の先生の指示に従ってください!」

 朝礼放送中のまりあにも伝わったのだろう、皆に落ち着くよう呼びかける。

 しかし、この日ばかりはすぐに落ち着く人など一人もいなかった。そう、まりあ自身もそのひとりではなかったのだろうか。


「やっぱり、休校になってしまいましたね……」

 まりかが家で肩を落としていた。

 それもそのはずだ。あんな事件が起きてしまったのだから。全校生徒といっていいほど騒いでいて収拾がつかなかったし、原因は何であれ、一人の人間が建物から落下したからな……。そのせいで、今日は急きょ休校となった。

 「まりか、気にしすぎるなよ。お前が関わったわけじゃないんだし」

 「そ、そうですけど……」

 まりかがチラリ、と壁掛けの時計を見る。時間は四時を示している。

 そう、まりあが家に帰ってきてないのだ。

 朝礼放送時のまりあの叫びは意味をなさず、その後は校長先生が変わって生徒や先生に的確な指示を出していた。そのことが、まりあの生徒会長としてのプライドをズタズタにしたのは予想がつくだろう。しかし、これが原因で、あのまりあが家出などありえるのだろうか。

 「お姉さん、早く帰ってきてほしいですね」

 「俺的には別に帰ってこなくてもいいけどな。うるさいのが一人減るわけだし」

 ちょっとした冗談だったが、まりかはそれを真に受けたのか、頬をぷくりと膨らましていた。

 「お兄さん、そんなことをいったら許しませんよ」

 「悪い、まりか。だから怒るなよ」

 「冗談でもいっていいことと悪いことがあります」

 「大丈夫だよ。そんなやわな奴じゃないって、まりあは」

 まりかの怒りを収めようとした時、パタンというドアの音がした。そしてスタスタと俺たちがいるリビングへと普段通りに入ってくる人がいた。まりあだ。表情もいつも通り綺麗なままだ。

 「お姉さん! おかえりなさい!」

 嬉しそうにするまりかに、表情を変えずに「ただいま」と一言。そのままカバンを椅子に置き座った。

 「おい、まりあ。まりかはお前のこと、ずっと心配してたんだぞ」

 「そうなの。それは悪かったわね、まりか」

 淡々とした言葉しか返さないまりあだったので、俺は色々と問い詰めることにした。

 「なんだよ。やっぱり、例の生徒が落ちた事件のことか?」

 「なによ、あんたに教える義務はないわ」

 「義務はないが、一応俺でさえ心配しているんだぞ。どうしてそこまで不機嫌なのか教えろ」

 「……そうね。あんたには話したくないけど、まりかが可哀そうだから特別に教えてあげるわ」

 そういうと、ふぅとまりあは一息ついた。

 「生徒会長だから生徒の代表として特別に教えてもらったのだけど、その落下した女子生徒は私と同学年なの。リボンが私と同じ色だったそうよ」

 藤桜高校の制服は男子がブレザーで女子がセーラー服になっている。男子生徒はネクタイが、女子生徒はリボンが学年ごとに違っていて、一年生は赤、二年生が黄緑で三年生は青だった。

 「それで? それとお前の機嫌が悪いのと何の関係があるんだよ?」

 「まずは同じ同学年として、どうして大けがをするような真似をしたのかが気に食わないわね。どうしてそんな危ない行為をしたのか、意味不明だわ」

 「まぁな……」

 「それに聞いた話だけれども、彼女は一命をとりとめたとはいえ屋上から足を滑らせたみたいなの。でも、屋上には格子があるから、わざわざ上って足を滑らせて落ちたってことになるわよね?」

 「それって、まさか……」

 俺の背中がぞっとする。まりかも黙って聞いているが、あきらかに不安そうだった。

 「そう、そのまさか。自殺の可能性があるってこと」

 まりあが静かに言った。

 「それにね、もっと気に食わない理由があるの」

 「なんだよ。朝礼でお前の指示に従わなかったってことか?」

 「そんな簡単なものではないわよ」

 その時、彼女が珍しく顔をゆがませた。

 「その飛び降りた子、湯川ひかりっていう名前なの。私のクラスメイトで、友達の一人よ」

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