6、
俺が軍を辞めて1週間。
これといって大きなニュースはない。
戦争は膠着状態、国も特に何も変わっていない。
俺はというと、常に黒服を着て(洗い替えも買って)、国中を放浪していた。
「なぁ。これいくら?」
「500。買ってくかい?」
「あぁ。」
そして今日も放浪する。
昼飯はこの焼き魚で充分だろう。
俺は500分の硬貨を渡し、魚を受け取った。
風の噂だと、隣の大陸は割と平和らしい。
機会があれば行ってみたいものだ。
もっとも、船なんて出ていないから、行くことはできないが。
誰か向こうから渡って来ないかなぁ。
「そうだ、剣、どうすっか。使わなくなっちまったとはいえ、これ危ないからなぁ。」
俺のメモリーズに入っている運命殺しは、量産剣のベースとはいえ、俺の術が刻まれている。
こいつを持ちながら怪我なんてしたら、術に血を吸われてしまう。
なら、どうするか。
「結局、手放せないんだよなぁ。メモリーズも解放しなきゃなんないし。」
そういえば、たしか王都周辺の方では指名手配されてたっけ、俺。
大魔術師・アレス殺害。
そのせいか、王都周辺の輩は皆敵対している。
上の命令とはいえ、エレナも今や敵対関係にある。
やっぱ、きついな……。
軍の人間の大半を使われたら、きっと逃れられないだろう。
このまま国の外に逃げるってのもまた、いいかもしれないな……。
「つっても行く宛なんてどこにも無いけどなぁ。」
「なら、私に付いてこれば?」
後ろから、聞き覚えがある声がした。
おいおい、見つかるの、幾ら何でも早すぎ……。
「キミの為に、自首してくれない?私も、キミには死んで欲しくないから…。」
「そんな甘いこと言ってるから、未だに1番隊隊長止まりなんですよセンパイは。捕まえますよ。」
もう1人は、聞き覚えが無い。
あまり関わりがなかった、暗部の人間だろう。
だとするとマズい。
いつの間にか、俺は兵士達に囲まれていた。
「おいおい。アンタらみたいな雑魚どもに、俺がそう簡単に捕まるとでも?」
そうだ、俺は捕まらない。
回避術は人数が多すぎる。
シフトブレードだな。
「あぁ。この国で女に逆らうとどうなるか、わからないわけじゃないだろう?」
「そうだな。そしたら俺はブタバコ行きだ。もしくは死ぬか。だが、捕まるわけにはいかない。」
ふん、と、1人の兵士に鼻で笑われた。
その瞬間、俺の中で何かが吹っ切れた。
どうせ捕まるんだ、この国を出よう。
どうせ出るんなら、軍と国に一矢報いてからにしよう。
なら、今ここで、“エレナ以外の全員を”殺してしまえばいいんだ。
「おいエレナ。おまえジャマ。」
そう呟いて、憤怒の刀剣をコールする。
魂に記憶されたその剣の使い方を、身体で覚えて再現する、それだけの、簡単なこと。
今まで何故これをやってこなかったのだろう。
そうすれば、ソウルメモリーズの正しい使い方もすぐに分かったはずだ。
「じゃあな、おまえら。あの世で生まれ変わるまで、散々後悔してな。」
鞘から抜いた瞬間、俺の身体は自然と動いた。
それは、体の筋肉を最大限の力で使い、凄まじい威力で斬撃を放ち、辺り一面を血の海に変えた。
憤怒の刀剣の能力は、どうやら斬った物の中心部から、爆風を放てるらしい。
「う………あ………?イル…ミア?」
「今度帰ってきたら、俺は革命を起こす。たった独りでな。死にたくなけりゃ、さっさとこの国を出た方がいい。」
エレナに最後の忠告をして、俺は国の出口へと向かった。
脱国が俺にくれたものは、ソウルメモリーズ『無情の斧』と、道中手に入れた剣『星空の剣』だけだった。
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国を抜けて3日。
意外と探しに来ないものだな。
そろそろ戦争が動き始める頃だ。
恐らく、向こうの街まで行っての白兵戦だろう。
アルマノロも、街中では下手に兵器を使えない。
今俺は。
全ての敵。
孤独。
悪者。
なら、ルナガルドとアルマノロ、そのどちらも殺しに行こう。
それで、今回の白兵戦は平和に解決される。
「ここからじゃ、そう遠くはないな。急ごう。」
シフトブレード。
投げ方によれば、何百メートルと離れた場所に飛べる。
それと、この剣の仕組みが何となく分かってきた。
恐らくこれは魔術の類だ。
剣に仕込まれた術を、投げた時に発動することでそこへ飛ぶ。
そういう感じだろう。
「やっぱ、飛ぶ時怖ぇな……。」
何回か飛ぶと、目標とする街が見えてきた。
煙が上がっているところを見ると、少し遅かった様だ。
そして俺は、瓦礫に紛れながら、戦闘に潜る。
指揮官は………知らない奴だ。
零番隊もいるな。
あいつらには悪いけど、死んでもらおう。
「ふっ!」
シフト。
からの憤怒の刀剣による範囲攻撃。
そして、星空の剣を使った対多人数用の戦闘スタイル。
完璧だ。
これで、最前線にいた奴らはほとんど死んだ。
あとは、後ろで怯えて指揮してるルナガルド陣営と、アルマノロの騎士共だ。
「なっ、貴方は………。」
「悪いな。俺は今、両方の敵なんだ。ちょっと前俺の下にいたからとか、ンなことはもう関係ない。俺はただ、俺の“敵”を殺すだけだ。」
零番隊副隊長に、剣を向ける。
すぐさま防御魔術を張り巡らす彼女だが、そんなものはもう無意味だ。
魔術を、空いた左手で掴んで破る。
バリバリ、そう音を立てて、それは消えた。
そして………。
乗っていた馬ごと剣を突き刺した。
短い付き合いだったな。
「ディスティニー・ブレイカー。」
左手の皮膚を斬り、運命殺しに血を吸わせる。
以前使った時同様、無数のロザリオソードが現れる。
的を1人に限定しなくても、それなりの威力を持つこの術は、本当の意味での必殺だ。
「散れ。雑魚ども。」
一人あたり1本、心臓に剣が突き刺さっていく。
その中に………。
剣が刺さってもまだ動き続ける人物がいた。
俺はふと、アルマノロの剣豪の話を思い出した。
彼が、そうなのではないか、と、そう思った。
「俺は………ここで死ぬ訳にはいかないんだ。負けるわけにもいかない。勝たせてもらうぞ、黒い服の魔術使いよ。」
「名はなんという。」
こいつの名前を聞きたい、そう思った。
敵ながらに、素晴らしい奴だ。
だから、俺はこの男に、敬意を持って剣を交えたい。
「俺の名はルイス。そちらは?」
「俺はイルミアだ。」
直後、剣がぶつかり合った。
何度も、何度も互いの剣を弾き、隙を待つ。
強いな、そう、素直に思った。
何度も何度も、剣を弾かれた。
ここまで隙を見せないのに、それでも諦めずに斬りかかってくる。
本当に、強い人だ。
だからこそ、今ここで倒さなければならない。
「はぁぁぁっ!」
「くぁっ!」
渾身の一撃を叩き込む。
一瞬、ほんの一瞬だけ、隙が見えた。
このチャンスを逃せない俺は、容赦なく剣を振った。
即死だった。
その戦士の首が消え、そこにかかっていた首飾りが宙を舞った。
「くそっ、なんて強さだ……。」
俺も、ボロボロだった。
弾いていたと思った剣は、全て俺の皮膚を切り裂き、身体の至る所から血が出ていた。
「この首飾り……。ルイスの、家族の名前が………。」
そうか、“負けるわけにはいかない”のは、家族のもとに帰るため。
“勝たせてもらう”は、家族を養うため。
俺は、今更になって、とんでもないことをしたな、と思った。
もう取り返しがつかない。
「この首飾りと剣は、ルイス。おまえの家族に届けよう。これで、許してくれとは言わない。だが、俺にはそれしかできない。」
他に出来ることと言ったら、墓を造ることだろうか。
星空の剣を、ここまで消耗させたんだ、この剣は、おまえの立派な功績の証だ。
こんなことしかできない俺を、恨むなら恨んでくれ。
俺は、墓を造った。
ルイスの墓だ。
そこに、星空の剣を。
二度と抜けないように、と。
この功績を、誰も忘れぬように、と。
深く、深く突き刺した。