4、
木剣のぶつかる音は、金属と違っていいものだ。
あの時々甲高く、鈍い音が俺は嫌いだ。
あの音は耳が痛くなる。
「なかなかやるじゃん。でも、まだ荒いね。」
荒いね。
そう言われた。
たしかにエレナの剣筋は綺麗だし、丁寧な斬り方だ。
たが、どうだろう。
俺の斬り方は完全な我流。
しかも、身体強化を一切使わないで、流派通りの型に匹敵する実力をもつ。
これは、もう勝ったと言ってもいいんじゃないか?
「イルミア!イルミアはいるか?」
上からの呼び出しだ。
勝手に撤退させた事、何か言われるんじゃないか?
そう、思っていた。
「言われることはだいたい予想つく。勝手に撤退させたのは──」
「良い判断力だな。おまえのその判断がなければ、恐らく全滅していただろう。よくあの状況で、あれだけの人数を生き残らせる事ができたな。」
褒められた。
今まで、怒られるとばかり思っていたが、そうでは無かった。
リリーを叱っていたのは、指揮官としての失態だろう。
報告から察した状況で、よくもまぁ全滅せずに済んだものだ、と思ったのだろう。
「明日から、イルミアには指揮官になってもらう。いいな?」
「いや、よくないよ?」
瞬間の拒否。
いつから俺はこんなにも偉くなったんだ?
これ女王の前に突き出されたら終わりだな。
人生が。
「なぜ断るのだ?おまえが指揮をとってくれれば、もっと勝率も上がるんだ。給料も、上がるぞ?」
「マジで?って飛びつくとでも思っていたのかあんたは!俺は!指揮するだけで何も出来ないクズには成りたくない!成るなら戦場で命懸けて戦って、役に立って死ぬ事が出来る奴だ!」
「そこまで言うか。なら、おまえは単独で、『影』を名乗れ。その為の黒い軍服だろう?おまえには、軍の暗部と、引き続き零番隊の隊長を務めてもらう。」
給料UPの話は無しじゃないらしい。
これはなんとも嬉しいことだ。
これで、エレナに奢ってもらった分が返せる。
牛丼だけど。
どちらにせよ単独行動の方がやりやすいし、給料も上がるし、いいことしかない。
ように見えるが、実は暗部としてどこで使われるか全くわからないのだ。
案外悪い条件かもしれない。
俺は迷っていた。
黒い軍服、いや、黒服でいいだろう。
黒服はそもそも、別の目的を持って作ったものだったのだが…。
「1つ、条件を付けさせてくれ。普段は零番をもつ。呼ばれた時のみ、暗部の仕事をする。それでどうだ?」
「ほう、まさかとは思うが、私が言った事の穴を見つけて、条件を提示しているのではないか?」
まさにその通りだ。
この上司、試しやがったな?
金額に釣られてホイホイと言うことを聞くようなバカなら、きっととんでもない目に遭ってただろうな。
だがしかし。
俺は、こいつが言った言葉を注意深く聞いて、考えた。
例えそれが無駄だろうと、そうしてしまうのが俺だから。
「たいしたものだ。いいだろう。そちらの条件を受け入れよう。これからよろしく頼むぞ?イルミアよ。」
上司は、そう言い残して去ってった。
後から聞いたのだが、彼女は俺の事をかなり信頼しているらしい。
女性の方が上の立場とか、そんな事関係無しに、ただ純粋に俺の能力を買ってくれているらしかった。
俺は、そんなにも大きな事をしただろうか?
その思想だけが、頭の中をぐるぐると回っていた。
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「戦闘がない日は休暇って、どんだけ楽な仕事だよ…。」
戦闘がなければ休暇だが、きちんと訓練をする事が条件だ。
だが、俺はそもそも訓練なんてする必要がほとんど無い。
あるとすれば、投幻回避術の持続時間と、メモリーズの解放程度だ。
メモリーズは現在、たった一つしか解放できていない。
でも、解放条件も分からない。
つまりは……。
「すること無いっ!暇だぁっ!」
「朝起きてすぐのセリフがそれとか、キミはそれでいいの?」
「んぁ?何がだよ。」
エレナの質問の意図が汲めない。
なぜそんな質問をするんだろう。
休みなら休みでいいのに、こいつは俺をどこかへ連れ出すつもりなのだろうか。
そうなると、男である俺に通常なら拒否権は無い。
「キミは今日はこのままでいいのかって、聞いてるの。キミだって、会いたい人くらいいるでしょ?」
「あ〜、なるほど。いるな、1人。ってか、何故エレナは俺の部屋にいるんだ?鍵掛けてないけどさ。」
部屋に鍵をかけておけ。
そう言われたのにも関わらず、「めんどくさいから」という理由だけで鍵は掛けてない。
それでも、人の部屋に勝手に入るか?普通。
しかも、エレナは俺を起こしもせず、挙句の果てに俺の隣で寝ていたのだ。
起きた瞬間の驚き方は、自分でもおかしかったと思う。
“隣”と言っても、隣のベッドではない。
この部屋にはベッドが1つ。
これが示すのはただ一つの真実。
一緒に寝ていたのだ。
いや、一緒に“寝させられていた”。
俺が望んだ事でもないし、お願いすらしていない。
ただ、暗部に関わるようになってから疲れが溜まってたから、その疲れを無くすために昨日は早く寝たのに…。
「別に私がキミの部屋に居てもいいでしょ?どうせ魔導書と武器と生活用品しか置いてないんだから。」
見られて困るものなんてないでしょ?
確かに、見られて困るものなんて、ほとんど無いに等しい。
でも、魔法が使える人にとって魔導書は毒だ。
まだ試したことは無いが、魔法を使える人は、魔導書を読むと脳が焼き切れるらしい。
「さて、そろそろベッドから出てくれないか?二度寝したいから。」
「だぁめ。キミが起きるまで一緒にいるよ。それにさ、男女で同じベッドって、なんかコーフンしない?」
「安心しろ。それはきっとおまえだけだ。」
唐突に変な事を言い出すエレナに少し呆れつつ、俺は発情中のエレナとは逆方向に寝返りを打った。
メンタルもフィジカルも、共にエレナに興味はない。
年代的には同じだが、表現力に乏しいエレナの身体は、未だ成長途中と言ったところか。
これならまだリリーの方が……。
って、何を考えてるんだか。
「ねぇ、ちょっとは興味持ってくれてもいいじゃん?これでも処女なんだよ?」
「だいたい予想はついてた。そもそもとして、エレナに彼氏とかそういう奴いないだろ?いや、つくれないの間違いかな?」
皮肉たっぷりにエレナを煽る。
エレナに彼氏がいるとしたら、そいつはかなりの物好きだろう。
時折、会話の途中に下のネタを織り交ぜてくることもある。
乏しい身体を張って、どうにか自身の気持ちを主張しようとしたりする。
なんか、一周まわっておもしろく思えてきた。
ちらりとエレナに目をやると、エレナは少し頬を紅くしていた。
「なら、牛丼奢ったお礼。明日からは1週間、添い寝して。」
「あぁ。もういいから、勝手にしろ。俺は寝る。」
そして、俺は2度目の眠りへと……。
落ちることはできなかった。
後ろからエレナに抱きつかれたから。
背中に、エレナの温もりが伝わってくる。
それが、心地よいような、恐ろしいような、寂しいような。
そんな感じがして、結局俺は眠れなかった。
そんな俺に、“魂”は語りかける。
──おまえは誰を守りたい?──
そうだな。
今はきっと、こいつの事を守りたいんだろうな。
──自分を盾にしてでも、守る覚悟はあるか?──
守りたいものを全力で守りつつ、自身の身も守る。
それが俺のやり方だ。
──それなら…。“目を開け。真実を見ろ。守りたいモノはナニモノだ?守るべきはナニモノだ?おまえの心に映るものが、それを守るチカラとなろう”──
はぁ?
…………。
おい、それって………。
“魂”に問う。
だが、返事は帰ってこない。
守りたいモノは、エレナ。
守るべきモノは、俺らの部下達や、リリー、アリス…。
それを守れるだけの力。
それを守るための力。
「“真実を守り、嘘を砕いた偉大なる魂よ。今ここに目覚め、我に力を宿せ……。”」
誰に教えられたわけでもない。
自然と口が動いた。
目に映ったそれは、今俺が持つ最高級の防御魔術よりも遥かに堅い盾。
どんなに重い攻撃も受け止め、その盾で殴れば、すぐさま気絶させられる程の。
直後、2つ目のメモリーズ『慈愛の盾』が目覚めるのがハッキリと分かった。