3、
兄さんが軍に入って、すぐに作戦は開始された。
そして、敵戦力の半分くらいを削り、もう勝てる、という所まで持ってきた。
なのに、なかなか起源族というのはしぶとい。
「………。まずいわ。これじゃ五分五分。6番までじゃ無理っぽいから7まで出したけど、それでもきつい。」
偵察隊隊長・レイからの報告を聞きながら、私は次の作戦を立てる。
が、これも無駄だろう。
魔導兵器を扱うアルマノロの軍は、かなり厄介だ。
そして、偵察隊によると、大砲の様なものも出てきているらしい。
口径は恐らく1500mmと聞いている。
これに勝ち目など、兄さんか私以外だとないだろう。
「どうする?特攻させて、兵器を潰す?いや、でも……。」
女王なら、間違いなくそうするだろう。
でも、破壊できるかどうかは運次第。
無理がある。
「撤退しろ。この状況だと勝てん。」
背後から響く優しく、でも冷たさを感じさせる声。
兄さんだ。
「聞こえなかったのか?今すぐに撤退命令を出せ、そう言っている。」
「き、貴様!指揮官に命令とは何のつもりだ!?」
レイが反論する。
どうする?
ここは、兄さんの言うことを聞くべきなの?
それとも、レイと同じく反論するべき?
「大体、何故貴様がここにいる?零番隊隊長の、しかも男である貴様が、作戦に口を出すな!」
身分の高さを使って叫ぶレイ。
それに対し、兄さんは…。
「あぁ分かったもういい!」
そう叫んだ後、小さく付け加えた。
“死にたいなら1人で死んでろ”と。
そして兄さんは、通信機器を使い、零番隊に繋いだ。
「零番隊副隊長、聞こえるか?今すぐ撤退だ。本部にもどれ。できれば他の隊も連れてだ。いいな?」
そう言って、兄さんは通信を切った。
レイの気持ちも分からなくもない。
せっかく追い詰めたのに、何故ここで退くのか。
ここまで追い詰めたら、もう少しで勝てるのに。
なんで………。
「レイ、だったか。その大砲が出たのは何分前だ?」
「およそ5分前。それが?」
私には分からない。
兄さんが何を使用としてるのかが。
何がしたいのかが。
でも、これだけは分かるよ。
誰ひとりとして、死なせたくないんでしょ?
「リリー。死にたくなければ今すぐに、全部隊に撤退命令を出せ。5分以内に終わらせるようにな。恐らく、ここも既に大砲の射程距離内だ。」
「でも、兄さん。…………。」
私だって、この機会を逃したくない。
これを逃せば、次はもうないだろうから。
でも、兄さんの作戦は恐らく絶対的な最善手だろう。
私は一体、どうすれば…?
そう、迷う私に兄さんは、剣を突きつけた。
少しでも動かせば、殺せるくらいの場所に。
ここからなら、魔法を撃つより、身体強化を使うより、早くに殺される。
「死にたいならそう言え。例え妹だとしても、望み通り死なせてやる。」
その言葉は、私の胸に深く突き刺さり、心を凍らせ始めた。
痛い。
殺される恐怖。
実の兄に見放される恐怖。
兄さんに、悲しみを与える恐怖。
そうだ、私は、兄さんを選ばないと。
私には、兄さんしかいない。
他に、何も無い。
そのたった一つを失うのが怖くて。
私は撤退命令を出した。
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「納得出来ません指揮官!何故あのような無礼者の言うことなど!」
リリーに対しての言葉。
俺はそれを聞きながら、零番隊達の到着を待った。
彼らが帰ってきたら、真っ先に撤退するつもりだ。
「兄さん。反対する人達、どうすればいい?」
「妹よ。たまには非情になる事も覚えろ。」
そして、俺はレイに向かってこう叫んだ。
「そこまで反対するなら、反対する奴らを指揮しろ。んで、勝てるものなら勝ってみろ。いいな?」
それは、自分でも冷たく、酷く、軽蔑するように言ったと分かった。
そして、レイは馬を反対方向へ。
戦地へと再び移動して行った。
「これで勝ったら、二度と罵るな!」
そう叫びながら。
俺は、メモリーズコールで1冊の魔導書を取り出した。
“魔法”は使えなくても、“魔術”なら使える。
『式神魔導術書』。
俺が使う為に、既存の魔導書をベースに1から書いたものだ。
索敵されず、出来るだけ早く移動でき、更に記録もしっかり出来るもの。
魔導術書第3章6節か。
「偵察として式を送る。リリー、名前借りるぞ。」
メモに式とリリーの名を書き入れ空へと投げる。
するとメモは、鳥のような形になって飛んでいった。
さぁ、今のうちに保険を掛けておこう。
『守護魔術専科書記』。
第6巻2章、5節だな。
「これは、どこに書くべきだと思う?」
防御魔術に関して俺よりも格が上の、零番隊副隊長に問う。
「どこでもいいと思いますよ。」
そうか、どこでもいい、か。
なら、地面に書こう。
馬を降り、地面にチョークを走らせる。
文字とは言えないような歪な文字を書き連ね、術者の血を使うため、親指を噛み、血を滲ませる。
そして、血で文字を書く。
「兄さん。それをする必要ある?」
あたりまえだ。
逃げる時に、準備に時間がかかったから、ギリギリ射程距離内にいる可能性がある。
「まぁ、保険だ。俺だって死にたくはないからな。」
「そっちじゃなくて、血の方。それ、意味無いんじゃ…。」
陣や長ったらしい式を要する魔術は、どうやら術者の血が要るらしい。
原理は知らないし、知ろうとも思わないが、術者が血を含ませないと、コントロールが効かないらしい。
つまり、これは術をコントロールするための対価のようなものだ。
「魔法なら要らないかもな。けど、魔術は違う。」
魔法を使えない奴らが、それでも魔法を使いたいと、魔法を使える奴らを真似た結果が魔術だ。
基礎魔術書の第1巻、それも前書きに書かれている。
魔法は、多大な魔力を使う。
対して魔術は、術者の血を。
「まぁ、おまえには魔術なんて、あったところで無用の長物、だろ?」
陣と式を書き連ねる。
あと50文字。
そう思った瞬間に、先程まで本部があった場所が、炎に包まれた。
正確には、レーザーによって燃やされた、といったところだ。
時間的に、残りの文字を書く余裕はない。
「これ残り書くの無理!70%位しか防御できないから誰か死ぬかも!」
でも、これでも全体の被害は抑えるつもりだ。
いや、待てよ?
そもそも、防御なんてしなくても、弾けばいいんじゃないか?
パン!
式を発動させる為に、手を合わせる。
術の発動に、若干の誤差がある。
それでも一瞬の余裕があった。
あと一文字書けたな。
久々の読み違えに、少し複雑な感情を持ちつつ、術の維持に徹底した。
この威力だと、さっき反対していた奴らはもうこの世にいない。
総勢およそ380人はレーザーによって存在を消され、生き残ったのは、零番から3番と、指揮官のみ。
「惨敗、だな。」
式神さえ燃やされたことに苛立ちを覚えながら、そう言った。
パリパリ、そう音を鳴らしながら、術にヒビが入っていく。
あと一文字書けていたら、どれだけ違っただろう。
それにしても、だ。
レイが勝手なことを言わなければ、生存者の人数によっては再度攻撃する事ができたのだが…。
「あーあ、全部めちゃくちゃじゃねぇか。初陣で失敗とか、どんだけツイてないんだよ。」
「ごめん兄さん。私がしっかりしてなかったから…。」
リリーのせいじゃない。
敵に怯えることもなく、ただ勝てるとだけ信じていた彼らが悪いんだ。
俺だって、怯えてなけりゃ魔術なんて使わない。
7割とはいえ、術に吸われる血の量は凄い。
防御系の大きな魔術だったから仕方ないけど。
でも、普段絶対に使わない術だ。
そんなの、怯えてなけりゃ使えない。
魔法というものや魔術の類が一切想像できないらしい起源族も、“それ”に怯えたからこそ、あの大砲を撃てたんだ。
早く、ケリをつけたいから。
いや、未知のものは手をつけられないからだろうか。
そんな事も、誰一人として、分かってなかったのかよ…。
馬鹿野郎が。
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「この馬鹿者が!生存者41人だと?あれだけ弱い相手だぞ?」
軍の国内本部に、怒号の声が響き渡る。
あの後、最高指揮官を任されていたリリーがこっぴどく叱られていた。
全くもって悪くない、リリーが。
叱っていたのは、女性だったな。
「そんなに叱るなら、最初からもっとマシな人材を使って欲しいな。」
独り言のつもりで、俺は部屋で呟いた。
「でも、危機を察知して撤退させたんでしょ?すごい判断力だと思うけど?それに、私達が助かったのって、キミのお陰だしね。はい。次キミの番。」
「ほいチェック。あと8手ほどかな?」
「いやぁ、まだまだ続かせるよ。」
なら、せいぜい俺を楽しませてくれよな。
誰も俺に勝てないだろうチェスで。
「はい。これでどう?」
お?
なかなかいい手を打つじゃないか。
最善手ではないが、そこそこ有効な手。
考えたな。
「エレナ。指揮官向いてんじゃねぇか?」
「それは無いかな。上手いのはチェスとか、あとはサークルナイト。ボードゲームにしか向いてないの。」
「そっか。まぁ、それはそれで、ほれ。」
先程の手で隙ができた為に、俺のポーンはボード端まで移動し、クイーンとなった。
これで、不覚にも討たれてしまったクイーンが戻ってきた。
「なっ!あ!あぁ〜!間違えた!うわぁ最っ悪!」
そりゃ自分で空けた穴だからね。
仕方ないね。
まぁ、ここまで来てもまだチェックメイトにはできないから、ある意味でその選択は正解だったのかもな。
あと最短でも2手増えたじゃないか。
最善手を打ち続けてくれなかったから、計画してた盤面が完成しない。
「はい。これでいいよもう。」
「ははっ!諦めたような喋り方して、ちゃっかりいい手打つんじゃねぇよ。」
さっきから、こちらの予想にとって最悪の手を打ってくる。
嫌な戦い方するなぁ。
やっぱり、本当に指揮官できるんじゃねぇの?
でも、ここまでだとまだ足りない。
強い相手に最善手を打ち続けることはできない、というのが分かるのは素直に褒めたい。
が、最善とまではいかない手を打つのも、予想の内だ。
そう思いつつ、駒を動かす。
次の手からはもう俺が予想できる範囲内だ。
「あー、負けたぁ…。」
「まだチェックメイト言ってないんだけど?」
「それでも負けは負け。ねぇ、サークルナイトやろうよ。あれなら負けないから。」
今度はサークルナイト、か。
でもエレナ。
実際に駒を動かす“指揮官”なんて、やりたくないだろう?
ボードゲームは、プレイヤーが盤上の“駒達”を“指揮”するゲームだ。
つまりは、プレイヤーは駒にとって指揮官、絶対的な命令を下す者なのだ。
それが例え、『死ね』という無茶な命令でも。
だから俺は、人の上で命令するだけなら、戦場で命令無視して殺される方がマシだと思う。
「なぁ、訓練用の木剣でいいから普通に勝負したくないか?」
「あ〜、それ思ってた。まだ実際に戦ったことないから、どれだけ強いか分からないのよね〜。」
決まりだな。
久々に、本気でぶつかり合えそうだ。
ボードゲームはもう、しばらくやりたくないな。
そう思いながら、訓練場へと向かった。
最後に一手、チェックメイトの盤面だけを作って。