とあるロッカーと少女の話
髪の毛をショッキングピンクに染め上げた青年が公園でギターを弾いていた。
派手な見た目とは裏腹に、とても知的な歌を歌う不思議な歌手だ。そんな彼の密やかなストリートライブを一人の少女が遠くから眺めている。
少女は足が不自由で、いつも車椅子に乗っていた
散歩がてら訪れるこの公園で、彼が楽しそうに歌うのを毎日のように眺めていた。だから、話したことはないのだけど、二人とも互いの存在は認識していた。
少女は悩んでいた。
自分が今後どう生きていくべきなのか。でも、そんな個人的なことを相談できる人など周りには居ない。だから一人で抱え込んでいた。
迷う少女の耳に、青年の穏やかな歌声が聞こえてきた。今日はなんだか後ろ向きな歌を歌っている。
そうだ、あの人に相談してみようかな。なんだか、面白そう。なんとなく、少女は車椅子のレバーに手をかけた。
ロッカーがひとしきり歌を歌い終えるのを待つと、少女はがらがらと音を立てながら近づいた。一人一人のファンと律儀に握手をしていた青年は、少女の姿を認めると笑いかけた。
「あの......こんにちは」
「こんにちは。君のこと知ってるよ。よく来たね」
「どうも。私、あかりって言うの」
「よろしくな、あかり。俺はシュウっていうんだ」
近くでみると、思ったより小柄な人だった。
シュウは地面に跪き、あかりと同じ目線にたって握手をした。優しくも力強い握手だった。
「私、シュウさんの歌が好き」
「ありがとう」
「でもね、いっぱい謎があるの」
「謎?」
「聞いてくれる?」
「もちろん」
シュウはアコースティックギターを抱えたまま、地べたに座り込んだ。辺りにいたファン達は、一風変わった少女の来訪に驚いたのか、あっさり散っていった。
「私ね、足が動かないんだ」
「うん」
「それでね、シュウさんは健康なのに、どうして自由がないって歌うの?」
シュウは考え込んだ。
「うーん、言われてみれば確かにわがままだよなあ。でも、自由ってのは肉体的なものとは別の話でさ、なんていうか、こう、もっと精神的なものなんだ」
「精神的なもの?」
よくわからない。
「そう。例えばさ、行きたい所があるのに、その行き方がわからないとするだろ? そんで、結局ずっと同じ場所に居ざるをえないのが、今の俺の状態かな」
「ふーん。足が丈夫でも、行けない場所があるんだね。私には一生行けない所なんだろうな」
「どうだろうな。まあ、君とは比べられないけど、おじさんにも行けるかわかんない場所が自由って所だよ。ちゃんと答えられなくてごめんな」
そう言うと、シュウはアルペジオ奏法をはじめた。コードAのマイナー調が、切なくも優しいメロディを奏でた。この曲はなんて歌だろう。
少女は目を瞑り、耳を傾ける。
初めて話す二人なのに、年齢も容姿も対照的な二人なのに、何故だか不思議と気まずさはなかった。
「次の謎。シュウさん、好きなことを仕事にするってどんな感じ?」
「んー、まあ、楽しいよ。好きなことを仕事にしたがために苦しいこともあるけど」
「そうなんだ。私ね、書くことが好きなの。だから作家になりたいんだ」
「いいじゃん」
「でもね、伝えたいことは沢山あるんだけど、人とあまり話したことがないから上手い伝え方がわからないの。だから、書くことは好きなんだけどたまに自分が嫌になる」
シュウはギターを弾く手を止めた。
そして、少しの沈黙を挟むと、とてつもなく大きな青空を眺めながらこう答えた。
「そっかぁ。君に当てはまるかわからないけどさ......そう言う時、俺はとにかく面白いことをやってやろうって考えるよ。なんでもいいんだ。鳥になる妄想でも、道路の真ん中に寝そべるでも。そうするとさ、自分にしか感じられないような感情がでてきて。それを歌にすると不思議とうまくいったりするんだよな」
シュウの話に、あかりは微笑んだ。
「それ、いいね。私もやってみる。特に道路のほう」
「うん。でも、安全確認は忘れないように」
シュウは再びギターに手をかけた。
奏でられた曲は、今度はあかりも知ってる。五年くらい前にヒットしたバンドの歌だ。随分手慣れた手つきで弾いている。
「シュウさん。最後の謎、いい?」
「いいとも」
「シュウさんは歌で人を楽しませる。私は病室で天井を見つめてる。ね、どうして私は生まれてきたのかな」
「難しいこと聞くね......まあ、きっと、そいつを作りだすためなんじゃないかな」
「作る? 理由を?」
あかりは首を傾げた。
人は生まれる前から平等じゃないし、生まれた後だって平等じゃない。
そもそも、生まれた理由って、自分で作ってもいいの?
「例えばさ、あかりは作家になりたいんだろ? だったら、君の描く想像は人を救うための道具になるかもしれない。君が今まで見て感動した冒険小説や恋愛映画だって、全部机の上で生まれたんだから。もし君が同じことができたなら......立派な生まれた意味になると思わない?」
「......」
あかりは想像した。今まで自分を感動させてくれた本のように、自分の文章で誰かが驚いたり泣いたりしてくれたなら。それは確かに、自分が生まれた意味になりえるかもしれない。
「想像しただけで楽しいよな」
「うん......楽しい」
「俺も、同じようなこと考えてた時期あったなあ」
「そうなんだ」
あかりは顔を綻ばせた。
「ありがとうな」
「?」
「あかりのおかげで、なんか忘れかけてた光景を思い出せた気がするんだ。なんつうか......俺も元気でたよ」
シュウは照れたようにそう言うと、もう一度あかりの手を握った。夏なのに、不思議と冷たさを感じる手だった。
「もう行かなきゃ、またな」
「ばいばい。ありがとう。またね」
あかりが手を振ると、シュウはギターをケースにしまい、去っていった。ピンク頭を帽子で隠し、周囲に溶け込もうとしている姿はなんだか微笑ましく思えた。
変な人。でも、なんか格好いい人。
あかりはシュウの姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。
その日から一年も経たないうちに、テレビの中で何度も彼の姿を見た。ふてぶてしくギターを振り回し、ロックを歌ったかと思えば、時には知的な笑みを見せて好きな音楽の話をする。やっぱり変な人だ。
あかりは携帯を握りながら笑った。
それから更に二年が経って。
彼はヒット曲を連発し、人気が絶頂に達する最中にいなくなってしまった。
人々は自殺だとか勝手なことを言うけれど、私はそれを信じていない。
生まれた理由を私に教えてくれた彼が、そんなことするわけないから。
あかりは彼の言葉を胸に、今日も文章を書き続けている。
もし私の文章で誰かが感動したなら、それは私が生きる意味になる。
そして、彼が生きた証にも。
不思議なロッカーとの何気ない出会いは、彼女の人生を大きく変えた。
ありがとうございました。