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破壊者ネナ  作者: まつまる。
第一章 破壊者と神と人
7/7

第一章 7 シューミレー家にて2

 シーヴは人生で初めての感覚に苛まれていた。

馬車酔いに似てるかもしれない。でもそれよりももっと奥の方からせり上がってくる気持ち悪さ。まともに喋れもしない程の不快感だ。


 オーランが言っていたのを微かに聞いた所では魔力酔いという現象らしい。この屋敷の内部に入った途端こうなってしまった、という事はこの屋敷の魔粒子の密集率がとんでもないという事だ。



(もっと早く精神修行に着手しておくべきだったわ・・・。でも入ったばかりだからまだ剣もまともに振れないし、良くてダガーぐらいしか使えないし、精神修行云々より前の話なのよね・・・。ああ本当私ってどうしようもないわ情けない情けない・・・。ううもうめっちゃくちゃ気持ち悪いぃ・・・。)



 シーヴはとてつもなく自己評価が低い少女であった。周りからは十五歳という若さで騎士団に入団したという事は前代未聞の出来事であるのだが、本人はそこまで自分が優れていると思っていない。偶々、勉学好きが高じて魔術学校での成績が優秀で、偶々、生まれながらにして魔法の才能に恵まれ、偶々、貴族である家に生まれた為に親の強い勧めとコネが上手く働き、偶々、騎士入団筆記試験がそれほど難しくなかったが為に満点に近かったので今の地位に偶然就けた、全て自分の実力ではなく偶然が導いた今の人生だと思っていた。


 多分、前世にとてつもない苦しみ方をして死んだか、非常に徳の高い行いをして死んだから、今の人生順風満帆なのだ。本気でそう思っている。



(駄目よシーヴ!弱気になっちゃダメよ!私は騎士団の中ではまだ新人で、これから経験を積んでいくのよ、前向きにならなきゃ。頑張るのよシーヴ、負けないのよシーヴ!・・・いやでもこの気持ち悪いのはさすがに心が折れるわ・・・。)


 個室に用意されたフカフカのベッドから立ち上がろうとして挫折する。窓の外を見る限りでは、今頃クリストフェルとオーランは夕食に招待されている頃合いだろうか。かの有名なシューミレー家の用意する食事は一度は味わってみたいと思っていたが、今の状態ではそれは叶わなさそうだ。


 ガッカリとベッドに沈没していると、控えめにノックの音が鳴った。



「・・・・・・・・・。」



 喋れない。吐くから。

シーヴは申し訳ないと思いつつベッドに沈んだまま応答を拒否する。するともう一度、しっかりとしたノックが響いた。そして、鍵の掛かっていないドアがゆっくりと開く。



「あ・・・あの・・・ごめんなさい・・・騎士のお姉様・・・。」



 そこには腰まで伸ばした癖のない黒髪の小さな少女が薄く開いたドアからシーヴを覗いていた。丈の長い寝間着にストールのようなものを羽織っている。その肩はとても薄く、異常に痩せているであろうことが見て取れる。



(え・・・えーと、女の子。どうしてこの部屋に・・・侍女じゃなさそうだし・・・シューミレーの関係者よね・・・。)



 わたわたと対応しようとしてまたこみ上げてくる物があり、シーヴはベッドに墜落する。どうもさっきより具合が悪い。この少女が来た辺りから更にシーヴは苦しみが増すのを感じていた。



「あ、あの、私、リーシャって云います。リーシャ・シューミレーです。お姉様、とても具合が悪そうです・・・。あの、私、お姉様のその、症状、治して差し上げられると思います。良かったら、ですけど。」



 願ってもない話だった。この気持ち悪さ、苦しみから逃れられるなら藁にも縋る。無言でシーヴはこくこくと頷いた。リーシャと名乗った女の子は、では、と近寄ってきた。


 途端、シーヴが体内に保有している魔力が勢いよく動き出すのを感じた。まるで皮膚の内側を蟲が這いずり回るような不気味な感覚だ。シーヴは悲鳴を上げる事すら適わずその感覚に耐えなくてはならなかった。



「あ・・・う・・・。」



「お可哀想に。すぐに楽にして差し上げます。大丈夫ですよ。次に目を覚ました時は、もう治っている筈ですから。・・・おやすみなさい、お姉様。」



 のたうち回って苦しむシーヴの背中にそっと手を当て、リーシャは心配そうに何回も摩った。その口から何か呪文のような物が漏れ出ていたが、意識が遠のいていくシーヴに聞こえる事は無かった。





「さて、この度はうちの領地での事件で貴君らを動員してしまって本当にすまなかった。王のご采配に感謝を。今日はゆっくりと体を休めて英気を養っていって欲しい。」



 アイデル公爵は夕食のメインディッシュが並ぶと笑顔を絶やさずクリストフェル達を労った。話ではそろそろ六十の歳に入る頃であると聞いていたクリストフェルだが、モースの放牧をして生計を立てている実家の親と比べてみても作りが違うと感じる。日にも焼けていないし、服のどこにも泥がついていない。



(凄い物だな。俺達とは生きる世界が違うらしい。食い物も、こんな凄い物を普段から食ってるのか?)



 子モースを丸ごと焼いたものを豪快に分厚く切った塊や、色とりどりの野菜が見目麗しく盛り付けられた皿、冷たいスープや揚げた魚、柔らかくて温かいパン、更にこの後、甘味も出るらしい。珍味や酒も豊富に取り揃えられていた。


 ある程度稼いでるとはいえ、一介の騎士であるクリストフェルは普段は安い肉と固いパンと時に酒、というシンプルな料理しか口にしないので珍しさで目移りしそうになるのを必死に堪えてアイデル公爵に顔を向けた。



「いえ、お気遣い感謝致します。公爵閣下も大変な時でしょうに、我々にここまでの歓迎をして下さって言葉もございません。」


「・・・王国が大変な時に、優秀な騎士殿を三名も動員させてしまって本当に申し訳なく思っているのだよ。貴君らももう気付いているだろうが、今回の件、我が家の娘が関わっている可能性が非常に高い。」



 皆の食事の手が止まる。その話題に皆これまでなるべく触れないようにしていたのだが、アイデル公爵はついに本題に立ち入ったのだ。



「あの子は、ネナは、歴代のシューミレーの中でも群を抜いて高い魔力保有量を誇っているのだが、幼い頃からずっと力の使い方の分からない子であった。我々も何度も何度も対策は練っていたがついに手に負えなくなってしまってね。外面を気にする親類一族の猛反発が起こり屋敷には置いておけなくなってしまったのだ。今は外部から魔力の放出を抑える術式を刻み込んでようやく落ち着いていたのだが・・・。」



「何かの拍子に術式が解かれてしまったのですか?」



 オーランの問いに公爵夫人は首を大きく振る。



「まだ解かれていませんわ。ただ、何か大きな力によってこじ開けられたと言えばよろしいかしら。私がその術式を施したんですのよ。だから何となくですがネナの封魔術式がどうなっているのか分かるんですの。」



 ふう、とため息を吐きながら公爵夫人は言う。



「今は、中途半端に術式が破れていてそこから魔法という形で魔力が放出されているのですわ。どのような魔法なのかは分からないのですけれども・・・。もし娘が魔法でキクリ村を消滅させたとしたら・・・。それは、あってはならない。恐ろしい事ですわ。」



 公爵も公爵夫人も悲壮な顔をして俯いてしまった。慌ててクリストフェルは何かを言おうと口を開きかけた時、



「まだネナ様が原因だと決まったわけではありませんから、そんな暗い顔をなさらず。キクリ村に何が起こったのか調べる為に我々が派遣されたのです。結論を急ぐべきではありませんよ。」



 一人涼しい顔をして果実酒を口にしていたオーランが言い放った。公爵も公爵夫人も一瞬呆気に取られた顔をしたが、すぐに笑顔を取り繕う。



「そうだ、そうだな。貴君の言う通りだとも。あまり思い詰めてはいかんな。それに、実はもう現場に当家の者を向かわせているのだ。今の状態を当家としても他人任せばかりにはしてられんからな。」


「ええ、そうなんですの。名をキースと云いますのよ。もし出会う事があれば何なりと申しつけるとよろしいですわ。うちの次男ですの。」



 不自然な程明るく言う公爵夫妻にクリストフェルは釣られて笑いながら、この場にオーランが居てくれて本当に良かったと胸をなで下ろした。


 一方のオーランは、会話の流れをクリストフェルに任せ、感じる違和感について思考を巡らせる。



(次男を現場に行かせた・・・?呼び戻されたとは聞いていたけど、まさか現場に行かせるとは思ってなかったな。)



 次男をキクリ村跡地に向かわせる事の意味をオーランは考える。

シューミレー家の領地で村一つが無くなった。騎士による現場調査の王命が下る程の惨事だ。シューミレーとしてはまたも家名に傷が付いてしまった事件という事になる。そこで身動きが取れる次男を屋敷に呼び戻した。オーランは恐らく、シューミレー家として今後どう動くのかを公爵と次男が話し合うのだろうと踏んでいたのだが。


領地内で起きた事件とはいえ王命が下ったとなればその『事件』の預かり所は王の指揮下という事になる。なのでシューミレー家がやらなければならない事は領家としての今後の身の振り方を考えたり、領民へのフォローをしたり、王国から下される処分を待ったり、事務処理したり、今回のように王国からの調査派遣の騎士達や魔術師達への支援などに徹する事だ。事件に直接関与する事は最悪、王命に逆らったとみなされてもおかしくは無い。


そしてそんな当たり前の事情を公爵達が知らないはずがないのだ。それでも敢えて次男を現場に向かわせている、と言う。



「・・・公爵閣下。恐れながら一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、何でも答えよう。」


「では。我々騎士は、目の前で、何者かが何者かに危害を加えようとした場合、その何者かがどのような立場同士であっても、全力で止める所存である事はご理解頂けるでしょうか。」



 ピクリと公爵の眉が動く。今まで好奇心の色を灯していた瞳が突然何の色も映さなくなり、ただオーランの次の言葉を待っているだけだ。オーランは短く息を吐くと言葉を紡いだ。



「我々は王命でキクリ村跡地の調査に向かっております。シューミレー家に調査の権限は与えられておりません。であるのにも関わらず、キース殿を現場に向かわせたと仰いました。しかも我々が宿泊させて頂く前にもう出発されている。まるで我々と鉢合わせないよう急いで出立したかのようです。そこから考えられる事は・・・。」



「お、おいオーラン!無礼だぞ!」



 踏み込み過ぎだとばかりにクリストフェルの叱責が飛び、オーランは挑むように公爵の瞳を凝視しながらも口を閉じた。食堂の雰囲気はすっかり固くなってしまっていた。公爵と公爵夫人の瞳には何の色も浮かんでいなかった。ただ、不可解な事に口元だけがニヤリと弧を描いている。


オーランには一つの可能性を危惧していた。

シューミレー家は、王国の手が及ぶその前に、次男のキースを使ってネナという娘を、『消す』つもりなのではないだろうか、と。






「キース兄様は、ネナを『保護』しに行ったんですよ。ね、お父様、そうよね?」



 沈黙の中、鈴の鳴るような声がした。

食堂のドアがゆっくり開けられ、眩いばかりの黄色いショートドレスを着た黒髪の少女が笑顔を見せる公爵の隣へ歩いていき、クリストフェル達の方向を向いて可愛らしく礼をした。



「ごきげんよう、騎士の皆様。私は、えと、リーシャと云います。今日、騎士様方がいらっしゃると聞いて凄く楽しみにしていました。え、と、お夕食に間に合わなくてごめんなさい。」



 恐縮しながらもニコニコと笑顔を振りまく少女は、精一杯の可憐さを演出しているが、その体躯は痩せ細っており、少しばかり病的だ。



「次女のリーシャだ。ご覧の通り、体が弱くてな。本来ならば長女が通っている王都の魔法学園に通う年なのだが、療養の為に家で安静にしている毎日なのだ。リーシャ、寝ていなくて良いのか?」


 

 リーシャの頭に手を置き、公爵は心配そうに顔を覗き込んだ。リーシャはこそばゆそうに瞳を細めてふふ、と笑う。



「大丈夫です、お父様。今日はとても調子が良いの。あ、それと、騎士様方、お仲間のお姉さまがとても辛そうにされていたので、勝手かと思ったのですけどお姉さまの魔力を少し抑えるように調節させて頂きました。騎士様方はご自分で抑える事で出来ているようですけど、お姉さまは出来てなくて、その、この屋敷にいる間は大変だと思ったので・・・。」



「なんと・・・!後ほど公爵夫人がその処置をして下さるとの事だったのですが・・・申し訳ありません。お体に障りませんか?」



 クリストフェルが慌てて言うと、リーシャはふるふると首を振って笑顔のまま椅子に座った。



「お食事が終わるまで、あの状態でいらっしゃるのはとても可哀想だと思ったんです。本当にお辛そうだったもの。それに、こう見えて私もシューミレーの家の娘です、これぐらいでは寝込んだりしません。ああそれよりも、ねえ、私、お腹が空いちゃいました。途中からでお行儀が悪いと思うのだけど、お夕食、頂いてもいいかしら?」



 リーシャは笑顔を振りまきながら、可愛らしく首を傾げている。そして給仕の者がいそいそと用意したスープを少しだけこくりと飲み、「とっても、美味しいわ。」と穏やかに声を掛けた。そんなリーシャを愛おしそうに見つめる公爵夫婦。一見すると平和な貴族の食事風景だった。


 クリストフェルはその『一見すると平和な貴族の食事風景』にとてつもない違和感を感じて気分が悪くなった。まるで、女王が登場したかのような圧倒的な存在感の娘。食堂の空気が濡れた布のように重たく感じる。横目でオーランの様子を伺うと目に見えて顔色が青い。きっと自分よりもこの食堂の空気に中てられているのだろう。



「申し訳ない、そ、そろそろ我々は、」


「それで。」



クリストフェルが離席の挨拶をしようとすると、突然リーシャが声を張り上げた。一層食堂の空気の密度が高まったような気がした。



「えと、騎士様方は大変な誤解をされてると思います。ごめんなさい、お話されているのが聞こえてしまったものですから。キース兄様の、お仕事の事、きっと誤解されてるんじゃないかって私、思うんです。ね、お父様。お母様。お父様と、お母様にとっても、キース兄様にとっても、私にとっても、ネナは大事な大事な家族なんです。その家族が、今、とっても危ない所に一人でいるかもしれないんです。村が消えたって聞いたわ。そこは、ネナの住んでいた村です。ネナが、消したのかもしれないけれど、そうじゃなかったら、ネナも・・・ネナも死んでいるのかもしれない。そうでなくても、怪我をして動けないかもしれない。泣いてるかもしれないわ。まだ八歳なの。可哀想。ね?お母様。ネナがとても可哀想。ね?」



「ああ!!なんて可哀想なネナ!可哀想な!ネナ!ああ!ああ!」




 公爵夫人がポロポロと涙を流し始め、公爵が席を立って夫人を抱きしめに行く。涙を溜めた瞳で俯くリーシャ。まるで小芝居でも見てるかのような出来上がった悲劇を見せられている。だがクリストフェルはただ黙ってその様子を見守るしかなかった。そうするのが当たり前であるかのように場が誂えられている。見えない鎖がクリストフェル達を縛っているように、自らの意思で目を逸らす事が出来ないでいるのだ。



(・・・ちくしょう、動けない・・・。オーランは・・・!?)



 クリストフェルは精神力を総動員して横に座っているオーランの様子を探る。オーランはクリストフェルより自由に動けるようだった。シューミレー一家の作り物の悲劇をじっと見つめているが、その表情は固い。そしてクリストフェルの方をチラリと一瞥すると、小さく首を振った。



(どうにもならない、か。くそ!)



 ある意味、魔力による拘束のようなものだ。実際何かしらの拘束魔法を掛けられているのかもしれない。オーランは対抗手段を持っていて実際に身を守れているが、クリストフェルを人質に取られているような現状で何も出来る事が無いのだ。



「だから、キース兄様は、一刻も早く、ネナを『保護』して守ってあげなくちゃ、ネナが危ないわ。ネナを守らなくちゃいけないんです。もし死んでいるなら、弔わなければ。それがキース兄様のお仕事なんです。だから、騎士様方が考えていらっしゃるような事は・・・ふふ、ふふ、あり、得ません。ふふ。」


「ふふふ。ははは。ふふ。」


「へへへへへ。」



 にこり、と、リーシャが笑った。

これで、この話は終わりとばかりに。シューミレー家の家族が全員笑っている。公爵も、さっきまで涙を流していた公爵夫人も笑っている。騎士以外の、その場にいる全員が笑っている。それらの瞳は、一切の色を見せないまま。



「さあ、宴を始めましょう。シューミレー家へようこそ。」



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