第一章 6 シューミレー家にて1
広大な敷地に屋敷は重く鎮座していた。
東の王国ガルデバルド領地の中でも名家と謳われるシューミレー公爵家としてはどこか雰囲気が暗い。
ここに来るまでに嫌という程シューミレー家の事を調べ上げてきたオーランは、実際に屋敷を見て改めて感じる重圧と違和感に密かに汗をぬぐった。こういう貴族的、というか敷居の高い家は昔から苦手だ。
(古き時代から続く召喚魔術で富と名声を上げてきたシューミレー家・・・か。いっちばん苦手な場所だ。)
そしてこの時代において突然生まれ落ちたシューミレーの出来そこないの娘の噂。今はコソゾリ地方に追いやってるらしいが、
(これまでのシューミレーならば、もう、消してるはず。)
シューミレーの歴史は古い。噂は英雄譚も黒い話も調べれば沢山出てきたが、その情報の性質はガセネタや噂程度の物から史実、伝承、詩歌に至るまで様々だった。召喚魔術というものを完璧に行使出来る一族はこの地方では異質だからか、国に根付いた文化のようにどの時代でも栄華を誇り、闇を背負ってきた代表格の名がシューミレーだ。
なので、シューミレーのような地位と歴史と名誉が全てと云わんばかりの名家ならば出来そこないの娘ぐらいもうとっくの昔に何らかの形で消していてもおかしくないのだ。なのに、コソゾリに住まわせているだけで済ましている。
(わざわざ生かしてるんだよなぁ。そして今回のような疑惑の沸くような事件が起こってる。どういうつもりなんだろうなーシューミレーの皆さんは。突然の博愛主義にでも目覚めたか?)
オーランは今回の任務に辺り、クリストフェルが動きやすいようにと情報を精査して重要な物だけ頭の中に置いている。取り急ぎ必要そうな情報はこの家の家族構成だと判断してクリストフェルには事前に説明してあった。
当主、アイデル・シューミレー公爵。王族の血を引いており、その名高さはガルデバルド一、二を争う言っても過言ではない。そしてキャサリン・シューミレー公爵夫人。魔術開発に誉れ高い貴族からの輿入れであると聞いている。この二人は召喚魔術はもちろんあらゆる分野の魔術に長けているが、その情報をほとんど表に出していない。だが昔、シューミレーの出来そこないの娘ネナが力を暴走させた時にほとんどこの夫婦二人だけで片を付けたと云うのだから、その力の強さは疑いようもないだろう。
シューミレー家長男、トール・シューミレー。彼は若くして王国魔術師団に所属している。騎士という職業柄、時たま王城で顔を合わせる事もあったオーラン達だったが、基本的に物腰の柔らかな口調に神経質そうな片眼鏡の男、というイメージを持っている。彼の研究分野における功績は大きく、生活に使える小魔法の開発によって城下町の暮らしの質が大幅に上がったとか何とか。
彼は出発前に、クリストフェルに会いに来て「うちの事情で皆様方に世話をお掛けます。本当に申し訳ありません。」と青白い顔を更に青くして謝っていた。結構誠実な奴なのかもしれない、とオーランは自分の頭の中の人物欄にひっそりと書き加えたのを思い出す。
次男キース・シューミレーは魔術師ギルドで仕事をしている。だが今は、どうやらシューミレー家に戻っているらしいという情報をオーランは得ていた。理由までは聞けなかったが、家の一大事という事で仕事柄一番動きやすい彼が家に戻っているのは自然の話ではある。
長男トールは王国に仕えている以上事情が事情とは云え簡単には動けないのだろう。何せ今は南の王国サクパと一触即発なのだ。
後は、王国の魔術学園で寮通いしている長女シャーロット、数年前から病気で屋敷から姿を見せない次女リーシャがいる。
(学園で身元が保証されてるシャーロットはともかくとして、リーシャの情報がまるで出てこなかったのが気になるんだよなぁ。)
心配のし過ぎだろうか。オーランは馬に任せるまま歩を進めながら思考を続ける。ずっと黙ったままのオーランの背中を怪訝に思っているのはシーヴだ。
(何かしら、さっきまであんなにうるさかったのに屋敷の敷地に入った途端あんな厳めしい顔して・・・。)
少なくとも旅路の時のオーランとは全く違う顔をしているのをシーヴは不安に思う。声を掛けるのも憚れる程だ。そわそわしているシーヴにクリストフェルはやれやれと言った顔で声を掛けた。
「シーヴ。気にしなくて良いぞ。オーランは偶にああなるんだ。何ていうか、頭を使ってる時とか考え事をしてる時は黙るし表情が固まる。まあでもすぐ元に戻るから大丈夫だ。本人曰く、考えてる時に脳以外に無駄な力を使いたくないんだそうだ。」
「そ、そうなの?じゃあ今何か凄く考えてるって事ね?」
「多分な。俺はどっちかというと頭を使うのは苦手だから筋肉係。オーランは頭脳係。組む時はいつもオーランが作戦を考えて俺みたいな筋肉系が動く。」
「何か、何となく嫌なんだけどその分担の名称。まあそういう事ならせいぜい邪魔しないようにするわよ。」
「ん、話は聞こえてるみたいだから何か手助けしてやれそうな事があれば是非助けてやってくれ。君は頭がとても良いようだから。でも何をそんなに考える事があるんだろうな?」
クリストフェルは呆れたように首を振ってオーランの元へ馬を並走させに行ってしまった。シーヴは少しだけクリストフェルとオーランの関係が羨ましい。幼馴染と聞いていたけれど、良い信頼関係が出来上がっている。彼ら二人のコンビは部下と上司の垣根を超えて相棒、と言っても過言ではない。
(良いわよねぇ男同士って。特にこの二人はこう、無言で分かり合えちゃう所とかスッキリしてる所とか羨ましいわ。女社会には無いアレね。ていうか何か私、場違いみたいじゃない。なんか居た堪れないわ。)
ふう、とため息をついて前を見ると、クリストフェルがオーランの馬の手綱を取って声を掛けているその先に、いよいよ近づいてきた堅牢な門戸にシーヴは緊張感が急激に膨らんできたのを感じた。
◆
「ようこそ、騎士殿。遠路遥々誠にごくろうだった。」
沢山の従者達を引き連れたアイデル・シューミレー公爵は立派な口ひげを揺らして笑顔でクリストフェル達を迎え入れた。きっちりと着込んだ厚手のコートにはレースで細かく縫い飾りが施されており、首元にはフリル地のスカーフがたっぷりと盛り上がっている。一目で上層階流の貴族だと分かる。
三人は地面に片足を付き胸に手を当て、礼の姿勢を取った。
「はっ!王国第二騎士団員クリストフェル・ヘイデンステム、オーラン・バル、シーヴ・エルリア、以上三名、王命により参上致しました。」
「そんなかしこまらずに。長旅で疲れているだろう。個室を用意させている。荷物を置いて一息つくと良い。詳しい話は一旦気を落ちつけてからにしよう。これ、お前たち。」
アイデル公爵がパンパンと手を叩くと、傍に多数控えていた従者や侍女が音もなく馬を連れて行き、荷物を運び込まれ、こちらでございます騎士様と背中を押され三人はあれよあれよという間に屋敷の中に連れて行かれてしまった。
「あら、もう到着なさったの?あなたったら私にも一言挨拶させて下さればよろしいのに。」
屋敷の玄関口はホールになっており、赤い絨毯が敷いてあった。ホールの突き当りに二階へと続く大理石の階段があり、その中腹辺りから袖が大きく膨らんだ重たそうなドレスを着た女性が笑顔で降りてくる。
「クリス、公爵夫人だ。」
「大丈夫、知ってるよ。」
オーランの耳打ちに小さく頷き、クリストフェルは女性に近付いた。そして片手を手に取り口づける。
「ご挨拶が遅れまして大変失礼致しました、公爵夫人。騎士クリストフェル・ヘイデンステム以下二名、参じましてございます。」
「お待ちしておりましたのよ、騎士の皆様。今日はゆっくりお休みになって下さいね。」
「さあさあ、騎士殿方、鎧を脱いで旅の汚れを落とすと良い。湯と着替えを用意させよう。若い女性には長旅はさぞ辛かっただろうね。」
突然現れた公爵から肩と髪をさわさわと撫でられ、全身を舐められるように見られた上にパチリと片目を瞑られてシーヴは吃驚してしまった。触れられた事と、旅が辛かったと言われれば別にどうという事もなかったというのとで、どう返せば良いのか分からない。
「あなたー?ほほほ、本当にごめんなさいねぇうちの人ってばもう、おほほほほ。」
「はははやめなさいキャシー、耳が引き千切れそうだ。」
「ははは、彼女は見た目はこのような儚い少女でありますが、立派な騎士です。旅ごときで弱音を吐くような精神ではありませんよ。」
オーランが公爵からシーヴを隠すように立ち、公爵夫人が笑顔で夫のアイデル公爵の耳をギリギリ引っ張っている。
「あ、ええ。そうですわ。道中全く問題ございませんでした。お気遣いありがとうございます公爵閣下。」
オーランが何故笑いながらとてつもない怒りオーラを放っているのか分からなかったが、シーヴは上手く返事をする事が出来てホッとした。公爵はうんうんと頷くと侍女に後を任せ、夫人を伴ってホールから出て行く。
「あの、今のどういう意味だったの?えーと、アイデル公爵は実はとっても気安い方?それとも何かこう、髪を触ったりするのって合図とか挨拶?のようなものなのかしら?私こう、何というかずっと勉強ばっかりしてたからそういう社交辞令のような物が分からないのよ。マナーなんかは分かるのだけど・・・。」
「え、シーヴさん本気で・・・・・・・・・。あーんー、いや良いんだよ。良いの良いの。そのままの君で良いんだよ。ただしクリスか僕、うん『僕』からあんまり離れない方が良いなぁ危ないから。あと、この任務終わったらちょっと勉強会しようか。悪い狼に食べられないように身を守る大切な勉強会だよ。良いね?」
「は?え、ええ。でも狼なら別に私一人で撃退出来るけど・・・。」
「おい、お前ら。挨拶も済んだしいい加減部屋に行くぞ。侍女の方が困ってるから。」
どこか黒く笑っているオーランの言ってる事がよく分からなかったが、とりあえずシーヴはクリストフェルが言う通り案内役の侍女が戸惑っているので部屋に連れて行ってもらう事にした。
◆
お湯を用意してもらえるという、騎士にしては破格の待遇を受けながらも、オーランはシューミレー家を最大限警戒していた。シーヴに働いた無礼はともかくとして、今の所拍子抜けするぐらいに何も無い。大歓迎されていると言っても過言ではない。
にも関わらず警戒を解く事が出来ないでいるのは、漂っている空気が非常に重たいからだ。魔力量の多い場所では空気が魔粒子を取り込んで重たく感じるという事があるが、まさにこの屋敷は魔粒子の源泉に浸されているかのような気持ち悪さがあった。
魔力は分解していくと魔粒子にたどり着く。目に見えない程小さく脆い魔粒子であるが、魔術を行使出来る者はその魔粒子を上手く集め、自ら生み出した魔力と混ぜ合わせ、操り、色々な効果を作り出すのだ。
一応オーランも少しだけ魔法を使う事が出来るのだが、魔力を嗜んでいるからこそ分かる。この屋敷は、いつでも強大な魔術を行使する事が出来る環境であるという事だ。いつでも殺せるぞとナイフの刃を首に押し付けられているようなものだ。あの公爵達がその気になれば、自分達など塵にもならず消されてしまうのではないだろうか。
とても気分が悪い。騎士団の訓練で精神修行をしていなかったら吐くまであったかもしれない。出来るなら早くここから出発して任務を終わらせに掛かりたい。心の中で溜息を付きながら着替えを終えてオーランは部屋の外へ出た。
「え、クリス!?」
「オーラン!シーヴの様子がおかしいんだ。」
部屋を出た先にクリスが蹲ったシーヴの周りでオロオロしているところに遭遇した。シーヴの顔を見てみると、これ以上にない程真っ青な顔をしている。そして無言で首を振っている。多分、自分と同じ症状なのだろうとオーランは断定する。
「多分魔力酔いだね。このお屋敷は何故か凄い魔粒子が濃いんだ。精神を鍛えてる僕やクリスは平気だけど、まだ入団して浅い上に魔法を主に使う治癒騎士のシーヴにはちょっと辛いかもね。」
「あーそうなのか・・・。寝ておけば治るものか?」
「まあ、寝てどうにかなるってものでは無いけどそれ以外無いよね。あとは一刻も早くこの屋敷から離れるしか?」
「私、は、だい、じょう、ぶ、う、うぇ、」
「努力は認めるが、大丈夫じゃないだろ。寝ておけ。後で公爵閣下に何とか便宜を図ってもらおう。彼らも魔術師だから、何か対策があるはずだ。」
「うう・・・ぇひゃ!?」
ひょいとシーヴを横抱きにして部屋へ戻しに行くクリストフェルを温い笑顔で見送り、ふと廊下の先に向き直ったオーランの視界に何かが映った。
「ん?」
クリストフェル達の声以外、何も聞こえない。気のせいだったのだろうか。
(やっぱり何かやだなぁ、この屋敷。不気味だし気持ち悪いしシーヴさん潰れるし。それに比べて。クリストフェルって本当、鈍くて羨ましいよ・・・。まあ彼の場合この犯罪級の鈍さが長所なんだけども。)
やれやれと呆れて首を振りながらクリストフェル達の方へ向かったオーランの背中を、ジッと凝視している者が居た事を誰も気付く事は無かった。




