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アンダー・ザ・アンブレラ  作者: 子無狐
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冬の雪解け - 02

「先輩、キレイだったからねぇ。ハーフだったらしいけど、本物の金髪が、映えてたなぁ」

 だから、懐かしむように、私は言った。自分の内心を隠すために。

 それは、はぐらかすための言葉だったけれど、言っていること自体は嘘じゃなかった。

 地味で平和な学生生活に、優雅に流れる、華やかな息吹――先輩の周囲には、不思議とそんな空気があったように想う。

 なにより、笑顔が良い、ってのがずるい。遠目で見ているだけの人にも、記憶に残るくらいだ。印象が悪かった人は、おそらく誰もいないと想う。

 でも、だからこそ、遠巻きに見ている子も多かった。

 この間、美也へ絡んできた子達も、おそらくは私と同じような立場だったのだと想う。

 先輩に近づきたいのに、近づけなかった、遠い人達。

 今の美也に直接的に言う人は、彼女たちくらいのものだけれど、陰で言っている人はたくさんいる。自分が見ていた先輩の姿を引きずり出されているようで、反応は様々なんだろうけれど。

 逆を言えば、先輩が特殊すぎたのかもしれない。少し、浮き世離れしていた感すらある。成績優秀、文武両道、誰にでも優しく、王道も異端もぴたりと似合う。

 まるで、おとぎの国のお姫様。

 ――そんな存在が、はたして本当に、私達の世界に存在したのだろうか。私は、少し疑問に想う時がある。

 けれど、それがこのキャンパスの皆が覚えている、妖精のような先輩のイメージだった。

「……先輩は、みんなに好かれていたわ。わたしとは……違う」

 想いかえすように、そう呟く美也。

 先輩の輝きを間近で知る彼女だからこそ、その言葉の意味は重い。

 だから、私はカウンターのような勢いで、急いで口を開いた。

「でもね、みんなが先輩に見惚れる中で……さ」

 私は一拍の間をおいてから、美也を見つめながら言った。

「私が気になっていたのは、その隣の子なの」

「え……?」

「知らなかったと、想うけれど」

 スキをつかれたのか、私がまだ見たことがない顔で、視線を向けてくる美也。

 口元を少しだけ開き、大きく眼を見開いたその表情は、今の人形姿よりもずっと親しみのわくものだった。

「……嘘」

「嘘じゃないよ」

 否定する美也の言葉を、瞬時に否定する。

 その気持ちだけは、初めから変わっていないから。

 そう、私――明里が気になっていたのは、大輪の花ではない。

 みなの視線と想いを集めていた、憧れの先輩ではない。

 美也には、悪い言い方だけれど――名前のない華にひかれる人間も、世のなかには想った以上にいるのだ。

「短い黒髪と、ひっそりと寄り添うたたずまいが――明里さんの心に、ほんのり咲いてしまったわけですよ」

 輝かしい華に愛でられながら、少しずつ、自分の華を咲かせていった少女の姿。

 最初は、私も例外でなく、先輩に眼を奪われていた。

 でも次第に、眼を奪われていったのはその子の方。

 初々しかった彼女の姿が、次第に先輩と溶け合うようになっていったのは、嬉しくも寂しくもある光景だった。

 瞼を閉じれば、すぐに想い出せる。

「……ずっと、見ていたんだから」

 そして、今の驚く美也の顔は――少しだけ、その頃の輝きを匂わせる表情なのが、嬉しく想う。

 ただ、見つめていたのは、私だけだ。

 彼女の視線は、いつも先輩と見つめ合っていた。

 私は、ただ遠くから想うことしかできなくて――なんて、そんな想いを素直には言えないのが、文学科の欠点だということにしておきたい。……わかっては、いるけれど。

 ――素直に言おうにも、今の彼女のたたずまいに、あまりにも私の想いは軽いように感じてしまって。

「つまりさ、私が話したかったあなたは……お人形さんの世界にいる子じゃ、なかったの」

 想いを胸に秘めながら、春に話しかけた理由ですりかえる。

「お人形……」

「最初に聞いたでしょ。お人形じゃないのよね、って」

 美也は、先輩の近くにいて、どんどん綺麗になっていった。

 それこそ最初のうちは、なんでこの子が……? と疑問に想っていたこともあったけれど。

 先輩の力なのか、それとも、その素質を先輩が見抜いていたのか。

 記憶に残る最後の二人は、まるで、二輪の花が咲いていたかのようにキャンパスの風景を彩っていたように見えた。他の華とは違う、二人だけの世界があるようにも感じられるほどに。

「私の知るあなたは、先輩に寄り添っていたけれど……似通った、お人形じゃなかったから」

 そう言う私に、美也はためらいながら、口を開いた。

「……わたしは、先輩を忘れられなかった。忘れたくも、忘れてほしくも、なかった」

 ――だから、美也がこんなことを始めた時、私はとても悲しかったのだ。

 あなたは、一人でも綺麗な華だというのに。

 先輩と積み重ねた、その事実。

 それを、失ってしまったのか、忘れてしまったのか、消してしまいたかったのか。

 知り合いでもない、ただ見つめていただけの私には、わからなかったけれど。

 ――遠い場所から見つめていた想い人が失われていくことに、私も、辛かったのだ。

「せめて、先輩のいたこの場所で、あの人がいたことを忘れてほしくなかった」

 でも、今ならちょっとわかる。この一年、じっと先輩を(しの)び、ずっと先輩を忘れなかった彼女の姿を見て、私も想うことができた。

「そうだね。この一年で、美也の強さは……わかったつもり」

 彼女の輝きは、二人だからあったものだったのかもしれないって。

 二人で高めあい、努力していたからこそ、生き生きとしていたんじゃないかって。

 そして、残念ながら私では――彼女をあの時に戻してあげることは、できない。

 そんな当たり前の事実を、この一年で、自覚させられた。

 でも……それでも私は、彼女に話しかけた。

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