秋の揺らぎ - 04
「おせっかいが、すぎるわ」
背中で呟く美也に対して、私も複雑な感情を抱く。
「でも、知人だからさ。困ってるように見えたら、助けたくなるものでしょ」
内心の複雑な感情はおいておいて、美也に優しく語りかける。
振り返って、美也の様子をうかがう。
そこには、いつもどおりの美也の姿があった。傘で自分の世界を形造り、故人の姿を身にまとう、自分の姿を消した人形の形が。
そして、傘の下に隠された彼女の顔は、相も変わらず窺えない。
「……でも、おせっかいなら、ごめんね」
その想いは、私の自分勝手な想いではある。
私の言葉に、美也は少しだけ傘を傾けた。
「まるで……」
ぽつり、と彼女がささやいたのが聞こえる。
「まるで、あなたは……」
そこまで言って、けれど、美也の口から続きが出てくることはなかった。
その先を聞きたいような、聞きたくないような、割り切れない気持ちになる。
間に耐えきれなくなった私が、先に口を開いた。
「今日は、もう帰ったら?」
少なくとも、周囲の視線はいつも以上に引きつけている。そして、その視線の印象は、いつも以上にあまり良いものではないとも想える。
私の提案に、美也は、しかし首を振った。
「それは、だめ」
「そう……」
立ち去ることは、自分のポリシーに反することなのかもしれない。
「なら、仕方ないか」
そう言って私は、美也が立つ場所の近くにあったベンチへと腰を下ろす。なら、私もここからは――いつも通りの、私のやり方をするだけだ。
「……」
美也はそんな私の様子になにも言わず、ただ、ずっと立ち続けた。
私が横目から彼女の様子をうかがっても、特になにも言われなかった。
ただ、なんとなく今日はあまり話しかける気分にはなりきれなくて、私もずっと無言だった。ただ人の流れを観察したり、携帯をいじったり、美也の仕草を見ていたり――そんな、穏やかでなにもない時間が、ゆっくりと過ぎていった。
「……暗くなってきたね」
秋口の夜は、長いようで、早かった。
薄暗くなり、美也の衣装がちょっと目立ちにくくなった、そんな時。
美也の横で、ぼうっとキャンパスを見ていた私に、ぽつりと声が聞こえた。
「……その」
「……美也?」
傘の下から聞こえてきた、小さな声。
視線を向けると、傘は少しだけ顔を見せる位置にあり、美也は私の方へ顔を向けていた。
暗がりもあり、美也の表情は、よくわからない。
ただ、その影の素振りから、美也は何度か口を開けたり閉じたりして、やっぱり口を閉じているのだけはわかった。
「いえ、なんでもないわ」
少しして聞こえてきたのは、そんな打ち消しの言葉。
閉じた言葉は、なんなのだろう――そう私が想った、一瞬の後に。
「……それと……あり、がとう」
とてもかぼそい、感謝の言葉が私の耳に届いた。
「いーえ、どういたしまして」
満面の笑みを浮かべたつもりの私に、彼女はなにかを言いたげにしながら。
「……」
そのまま何も言わず、ゆっくりと足を踏み出した。
美也は振り返ることもせず、私を残して、キャンパスを立ち去る。
いつもどおりでない日に、いつもどおりのことをして、終わる。
――その彼女の去り方が、今日はとてもありがたい。
「……ふぅ……」
私はゆっくりとため息をはいて、いろいろと想いを巡らせた。
講義、サークル、バイト……もろもろが欠席となったが、まぁ、仕方ない。謝りの電話を入れると、そう反応は悪くなかったし、問題はないだろうと想う。普段の行いは重要だ。
問題があるのは――人形なのか、亡霊なのか、それとも人間なのか。自分がなんなのかを決めかねている美也と、そんな彼女に対する、私の気持ちだった。
「先輩。あなたの存在は、知らない私もびっくりするくらい、いろいろなところにあるようですよ」
三人組のまっすぐな言葉は、あまりにも直接的ではあるけれど、私の中で言い出せなかった気持ちを代弁してもいた。
――私には、実のところ、彼女たちを責める資格などないのだ。
先輩と美也の関係を知らない私は、関わり方が違うだけで、美也に対しては、ただの野次馬でしかないのだから。
本当に、私もさっさと勇気を出して話しておけばよかったと、今更ながらに後悔する。
――でも、今でもためらう。
考えるのも、戸惑う。
あんなにもキレイな二人に話しかける資格なんて、私にあるんだろうか、と。
失われてしまった時間なのに……私は、今も、そう想うことがあるのだ。
「だから……今もあなたに、本当の気持ちを告げていいのか、わからないよ……」