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アンダー・ザ・アンブレラ  作者: 子無狐
7/11

秋の揺らぎ - 04

「おせっかいが、すぎるわ」

 背中で呟く美也に対して、私も複雑な感情を抱く。

「でも、知人だからさ。困ってるように見えたら、助けたくなるものでしょ」

 内心の複雑な感情はおいておいて、美也に優しく語りかける。

 振り返って、美也の様子をうかがう。

 そこには、いつもどおりの美也の姿があった。傘で自分の世界を形造り、故人の姿を身にまとう、自分の姿を消した人形の形が。

 そして、傘の下に隠された彼女の顔は、相も変わらず窺えない。

「……でも、おせっかいなら、ごめんね」

 その想いは、私の自分勝手な想いではある。

 私の言葉に、美也は少しだけ傘を傾けた。

「まるで……」

 ぽつり、と彼女がささやいたのが聞こえる。

「まるで、あなたは……」

 そこまで言って、けれど、美也の口から続きが出てくることはなかった。

 その先を聞きたいような、聞きたくないような、割り切れない気持ちになる。

 間に耐えきれなくなった私が、先に口を開いた。

「今日は、もう帰ったら?」

 少なくとも、周囲の視線はいつも以上に引きつけている。そして、その視線の印象は、いつも以上にあまり良いものではないとも想える。

 私の提案に、美也は、しかし首を振った。

「それは、だめ」

「そう……」

 立ち去ることは、自分のポリシーに反することなのかもしれない。

「なら、仕方ないか」

 そう言って私は、美也が立つ場所の近くにあったベンチへと腰を下ろす。なら、私もここからは――いつも通りの、私のやり方をするだけだ。

「……」

 美也はそんな私の様子になにも言わず、ただ、ずっと立ち続けた。

 私が横目から彼女の様子をうかがっても、特になにも言われなかった。

 ただ、なんとなく今日はあまり話しかける気分にはなりきれなくて、私もずっと無言だった。ただ人の流れを観察したり、携帯をいじったり、美也の仕草を見ていたり――そんな、穏やかでなにもない時間が、ゆっくりと過ぎていった。

「……暗くなってきたね」

 秋口の夜は、長いようで、早かった。

 薄暗くなり、美也の衣装がちょっと目立ちにくくなった、そんな時。

 美也の横で、ぼうっとキャンパスを見ていた私に、ぽつりと声が聞こえた。

「……その」

「……美也?」

 傘の下から聞こえてきた、小さな声。

 視線を向けると、傘は少しだけ顔を見せる位置にあり、美也は私の方へ顔を向けていた。

 暗がりもあり、美也の表情は、よくわからない。

 ただ、その影の素振りから、美也は何度か口を開けたり閉じたりして、やっぱり口を閉じているのだけはわかった。

「いえ、なんでもないわ」

 少しして聞こえてきたのは、そんな打ち消しの言葉。

 閉じた言葉は、なんなのだろう――そう私が想った、一瞬の後に。

「……それと……あり、がとう」

 とてもかぼそい、感謝の言葉が私の耳に届いた。

「いーえ、どういたしまして」

 満面の笑みを浮かべたつもりの私に、彼女はなにかを言いたげにしながら。

「……」

 そのまま何も言わず、ゆっくりと足を踏み出した。

 美也は振り返ることもせず、私を残して、キャンパスを立ち去る。

 いつもどおりでない日に、いつもどおりのことをして、終わる。

 ――その彼女の去り方が、今日はとてもありがたい。

「……ふぅ……」

 私はゆっくりとため息をはいて、いろいろと想いを巡らせた。

 講義、サークル、バイト……もろもろが欠席となったが、まぁ、仕方ない。謝りの電話を入れると、そう反応は悪くなかったし、問題はないだろうと想う。普段の行いは重要だ。

 問題があるのは――人形なのか、亡霊なのか、それとも人間なのか。自分がなんなのかを決めかねている美也と、そんな彼女に対する、私の気持ちだった。

「先輩。あなたの存在は、知らない私もびっくりするくらい、いろいろなところにあるようですよ」

 三人組のまっすぐな言葉は、あまりにも直接的ではあるけれど、私の中で言い出せなかった気持ちを代弁してもいた。

 ――私には、実のところ、彼女たちを責める資格などないのだ。

 先輩と美也の関係を知らない私は、関わり方が違うだけで、美也に対しては、ただの野次馬でしかないのだから。

 本当に、私もさっさと勇気を出して話しておけばよかったと、今更ながらに後悔する。


 ――でも、今でもためらう。

 考えるのも、戸惑う。

 あんなにもキレイな二人に話しかける資格なんて、私にあるんだろうか、と。

 失われてしまった時間なのに……私は、今も、そう想うことがあるのだ。


「だから……今もあなたに、本当の気持ちを告げていいのか、わからないよ……」

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