秋の揺らぎ - 03
「はいはい、ストップ・シャラップ・ドントクライ!」
ため込んでいた大声を上げて、リーダー格の女性へ視線を向ける。
負けじと見返す彼女の意志の強さだけは、誉めてもいいかもしれない。
が、今度は私も見返せる。彼女の想いは、私とは違うとわかったから。
「なんなのよ、さっきからあんた!」
「なんでもないけど、多勢に無勢はかわいそうでしょ」
「始めたのは、この子なんだから!」
熱くなっている彼女に対して、私は冷や水をかける目的で、わざと言った。
美也と出会うときには封じていた、あの人のことを。
「こんなこと、先輩が望んでいると想うの?」
「なんですって……」
「私達が憧れていた先輩が、あの人の大切にしていたこのキャンパスで、こんなふうになっている。……気にしないと、想うの?」
「……なんなのよ」
彼女の表情が、変わった。
内心、もしかしたら、わかってはいるのかもしれない。彼女自身、美也に対して、やっかみのような気持ちがどこかにあるということに。
彼女が見つめていたのは、今はもういない、先輩の姿なのだから。
「あんただって、知ってるでしょ」
耳元の髪を整える仕草をしながら、彼女は言う。その言葉の響きは、先ほどよりは弱い。
先輩の名前を出したからか、明らかに彼女の勢いが落ち込んでいた。警察手帳や黄門様の印籠でもなかろうに、と想うくらいの変化だ。
――それぐらい慕っていた先輩の真似だけしている後輩が、気に入らないと言うのは理解できるけれども。
「知ってはいるけど、あなたがそんなことを言っていい道理はないと想うよ」
「でも……」
まだ言い返そうとする彼女に対して、私はさらに付け加えた。
「あなたの知っている先輩は、かよわい女の子に絡んでねちねちする、性格の悪い人だったのかな?」
「……!」
「私は、そう想わない」
――すっきりとした口調で、私は断言した。
おそらく、彼女は先輩を知らない。会ったことも、話したこともないし、知人ですらない程度の関係なのだろう。
遠くから見つめるだけで、憧れをまぶしくしていたであろう彼女。
――私も同じような立場だったから、同情できる部分はある。
けれど、太陽の側で輝きを浴びていた美也に嫉妬するのは、間違っている。想いこんで否定する権利は、彼女にはない。
私の言葉に、彼女はなおも食い下がる。……その気迫を、もっと早くに発揮していれば、と想いもする。
「関係ないのなら、黙っていてよ!」
「確かに私は、以前の彼女にも、先輩にも、関係はない!」
その言葉に、相手はたじろぐ。主に気迫に対してだと想うけれど。
「でも、今のこの子との関係は、あなたよりずっとある!」
それは間違いない! と想い、断言した私の言葉。
「ないわ」
「……」
はい、その空気は一瞬で消えました。まさしく霧散するだわ、やったね!
――あれ。私の立場、助けるはずの人から捨てられたのかしら?
くるりと美也の方へ視線を向けて、すがるように私は言う。
「美也、今、なにも言ってないよね?」
「……」
今度は無言になった。それはそれで対応に困るよ、なんとやりづらい子!
「ねえ、フォロー切るのやめようよ~」
ちょっと弱気になりながら美也にフォローを求めるが、変わらず無言の美也。つらい。
美也の立場を私が気にしていると、今度は違う方から声がかかった。
「じゃあ、代わりにあんたへ言うわ」
リーダー格の女性がそういうので、また振り向く。
彼女の視線は、もう、美也にはない。私のみに向いている。
その様子から、美也へ直接言うのは諦め、代わりに私の方へ伝えようと言うことなのだろう。代理、というわけだ。
「聞く分には、かまわないけれど……なにかしら」
「その子に、やめさせて。もう、亡くなった人の姿で、うろつくような行為を」
彼女はどうも、言いたいことをズバズバと言ってくれる性格のようだ。はてさて、文系か理系か直情系か。
内容も、すごくシンプル。つまり、美也そのものが嫌いというより、この場で人形のように飾りたてた彼女の姿を、なんとかしたいということ。
――とはいえ、それは私も抱えている難問ゆえ、どうにかしてくれと言われましても。
「私は美也じゃないから、なにも言えないわよ」
「知人だって言ったのなら、責任を持ちなさいよ」
こじつけだが、知人と言ってしまった手前、否定もできない。
「そう、ね……」
ただ、この場で私が否定して、美也に矛先が戻っても困る。
それに、だ。知人と言うことで納得してもらえているなら、話が早くなる。あとで説得する、という方向へ持っていけばよいのだから。
――実際に成功するかは別問題だけど。
ただ、今のこの場をおさめられるのなら、それに越したことはない気もする。
「そうね、努力するわ」
私は明るくそう答え、言葉を続けた。
「でも、今日明日というのは、さすがに難しいと想うのね。だから、少しずつ私からも話してみるから、今日のところは帰ってもらっても良いかしら。三人で詰め寄って説得するなんて、ちょっとアンフェアでしょ?」
最後の言葉はちょっと皮肉だったが、嫌みにならないように低姿勢。
三人も冷静になってきたのか――こちらの態度に嫌気でも出たのか――お互いに顔を見合わせた後で、私の言葉にうなずいてくれた。
「……そうしてもらえると」
彼女達も納得して、矛先をおさめる言葉を出してくれた。
私も安堵の息を出して、一件落着――と想った、その時だった。
「やめないわ」
私の背中が、ぞくりと震えた。
まだ、夏の暑さが、じっとりと残っている時期だというのに。
背中から聞こえた、重く、短い、はっきりした呟き。
……美也の空気の読まなさは、ちょっとフォローとかいうレベルじゃないのかもしれない。
「……ぅう……」
想わず声が漏れる。漏らしたのは、もちろん私だ。
いったん収めてもらった矛先なのに、と恨み節が内心にわく。
彼女達の怒りがまた戻ってきたらどうするか、さすがに考えると気が滅入る。
美也の言葉に対して、彼女達はどんな反応をしているのだろう。
それを確認するために、思考をめぐらしながら、急いで彼女の顔をうかがう私だった。
だが、そこに浮かんでいた顔は――。
「……ばかばかしい」
細く冷めた眼と、ぽっかり空いた口元の、あきれ顔だった。
先ほどまでの、熱をおびた彼女の口調。同一人物とは想えない冷めた声音で、リーダー格の女性は言った。
「あんた、亡霊でも偽物でもないよ……ただの、わがままな子供なんだね」
心底、彼女がどうでもいいような口調で呟いたのは、そんな一言だった。
「もういいよ、行こう」
「やっぱり、頭がおかしいんだから」
知人らしき二人も、彼女へと話しかける。彼女と同様に残りの二人も、美也への興味を失っていたようだった。
……話の内容に関しては、とりあえず聞き流すことにする。これで終わるのなら、触れない方が身のためだからだ。
三人そろってうなずいて、最後に彼女が、私達に向かって言った。
「勝手にすればいいわ。でもね、そうすることがあの人のためだなんてのも……勝手な、自己満足だからね」
リーダー格の女性はそれだけを言い残して、振り返ることもなく三人で去っていった。
負け惜しみ、と想えればいいのだけれど……私には、そう考えて受け流すことはできなかった。
「わがまま、か……」
――その言葉が、それほど的外れでないことも、私にはよくわかっていたから。