秋の揺らぎ - 02
「……!」
ごくり、と私は息をのんだ。
私の耳と身体をすぎる、けれど頭では知っていた事実――それを、正面切って美也に告げる人物の姿を、私はまっすぐ見つめることしかできなかっった。
――私には、言えなかった言葉。美也自身が、人形であると自覚してくれるよう、ささやくことしか私にはできなかったというのに。
リーダー格らしい女性は、強い口調で、美也の姿の偽りを指摘した。
だから、眼の前の女性の視線を見ると、考えてもしまう。まっすぐに美也を見据えて様子をうかがっている、彼女の瞳の強さに。
――私は、この強さを持てないから、美也に対して今みたいな関わり方しかできないのではないか? とも。
振り向けない私は、ただ、美也の返答を待った。
少しして、美也の返答が呟かれた。
「お断りするわ」
それは、至極あっさりとしたものだった。
美也は次いで、女性達に向かって、言葉を続ける。
「あなたたちがどう言おうと、私はここを動く気はない」
断固とした美也の声に、私は安心とともに、不安も感じた。
――彼女の意志は、やはり、人形のように硬いのだと告げられた気がして。
そんな私の胸中を無視し、眼の前の三人組は美也へと言葉を投げつける。
「あなたがそんな格好をしているの、気持ちよくないの。わかるでしょ」
「みんな、言わないだけよ」
「アンタ、気味悪がられてるのよ」
彼女達の言い方はストレートで、正直、きつい言い方にも聞こえた。
ただ、私は美也の立場に立ちながらも、彼女達を責める気にはなれなかった。だから、彼女たちに言い返す言葉が、すぐには浮かんでこなかった。
――事情を知っている立場であれば、確かに、亡霊が現れたかのようにも想えるだろう。そして、亡霊が生きているようにふるまえば、いい気はしないとも感じる。
そして美也は、あえてその亡霊になることを望んでいるのだ。周囲に忘れさせまいと、そう見せつけるように。
だが、見せつける権利もあれば、拒否する権利も、もちろんあるのだ。
彼女達は、それをただ、実行しているだけ。
「もう、止めてくれないかな。みんな、不幸な事故だと割り切っているんだから。なのに……!」
リーダー格の女性が強い口調で言う。
切実さすら感じるその響きに、私は美也がどんな反応をするのか……息を飲んで、待った。
「言いたいことは、それだけかしら?」
だが、美也の言葉は、先ほどと変わらない。冷たく、断定的で、揺るがない。
彼女達の言い分も一方的ではあったが、聞く耳を持たない美也もまた、一方的な言葉を告げるだけだった。
平行線の言い合いに挟まれながら、私は神経を集中させる。
次にどんな言葉が出てくるのか、どちらとも予想がつかないからだ。
口火を切ったのは、三人組の方だった。
「……ちょっとあの人の近くに入れたからって、調子に乗るなよ!」
リーダー格の女性の声が、変わった。今までの、どこか訴えるようなものとは違う、感情にまかせた声。
その金切り声に――ん? と、頭の片隅でなにかが入りそうになるが、ギリギリでストップする。ストップしたのは、様子をまだ見るため。そして、スイッチが入りそうになったのは、その声の響きが今までのものと異なっているように感じたからだ。
今までの言葉は、確かに美也の行動が招いている問題として、納得はできる。けれど、今の一言は違う。
「いつもいつもあの人に見つめられて――そのおかげで、キレイになっただけのくせに!」
彼女の感情は――嫉妬、だろうか。
「……っ」
歯の奥が、ぎりっと鳴るのがわかった。鳴らしたのは、私だ。ちなみに両手の拳も痛むように硬くなっているのを自覚している。
ゴスロリ服の下にある、かつての美也を知っているとは――彼女は熱心な方だったのだろう。
亡霊となってしまった美也の想い人に視線を奪われるくらいには、美也のことを知ってもいたのだろう。
だが、知っているのなら――美也がなぜこの姿をしてここに立ち続けているのか、理解できないのか?
硬く握った拳は、でも、出さない。
これ以上、美也と彼女達の関係を、深めようという気はない。
そう、冷静に、冷静に……二人の話し合いを、私は、見つめて――。
「偽物のくせに……!」
「……」
だがその言葉は、彼女の独善による嫉妬にしか聞こえず。
「……あ?」
かちーん、と、私の頭の中でなにかが鳴った。
……前言撤回。彼女の言葉に、私は賛同しない。
――彼女を偽物と呼べるくらい、あなたは、美也も先輩も知るまいに。