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アンダー・ザ・アンブレラ  作者: 子無狐
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夏の陽の下で - 02

 私がそんなことを考えていると、美也の言葉が考えを打ち消した。

「言ったでしょう。これがわたしのスタイルだって。それを崩すことは、わたしにもできないのよ」

 ――美也は、いつも曖昧にそう言うのだ。言っている言葉は強いけれど、なにを言いたいのかは、自分のうちに閉じこめている。

 キレイだけれど、彼女に近づく子は、私以外にいないように見える。

 だから、必然的に崩す可能性があるのは、私ということになるんだろうけれど。

「自由意志があるのに?」

 私は、堂々と彼女と会話をする。彼女が人間なのを確認するかのように。

「自由と、意志があるからこそ、よ」

 確固とした決意で語る彼女へ、感心に似た声で私は返す。

「そう。じゃあ、あえて選んでいるのね」

「ええ。わたしは、自分の意志でここに立っているわ」

「でも、まるで人形のよう。ビスクドール、っていうんだったかしら。とてもよく似てるわ」

「――人形、という比喩が好きね。どういう意味かしら」

「ショッピングウィンドウの中の方が、空調が利いてて快適だと想うってことよ」

 美也には傘があるからいいということなのかもしれないが、こちらは陽を遮るものがなにもない。肌対策もしていない。乙女の肌が荒れ放題。

 人形はいい。そんな心配をする必要がないから。

 ――でも、美也は人形じゃない。

 それは当たり前のことだけれど、はれもののように彼女をみる周りの視線からは、まるで死者を見るように冷たい眼をしている。

「ざらざらの肌でも、そのお人形の肌は愛してくれるのかしら?」

「残念ながら、人肌よ」

「なら、飾りを脱ぎ捨てるのも、一つの選択肢としてありかもね?」

「……」

 私の言葉に、彼女の空気が変わった。

「飾り、ですって……?」

 飾り。その単語に、露骨に反応する美也は、新鮮ではある。

「そうそう、だから水着とか着てバカンスしましょ。ぶっちゃけ、暑くない?」

 だから私は、そ知らぬふりをしながら美也へと陽気に語りかけるのを止めない。暑いのは本当だが。

「あなたには、関係のないことよ」

 さきほどより、冷たさに硬さが付け加えられ、ちょっと背筋がぞっとする。

 ――確かに、彼女の言うとおりだ。

 別に私たちは友人でも何でもないし、実は血のつながった親戚とかでもない。サークルの後輩でもなければ同期でもないし、彼氏彼女の妹だとか姉だとか、前世の生まれ変わりだとかといったメンドクサい因縁なんかもない。彼氏なんかいたことないけど。

 つまり私と美也は、なんの関わりもないのだ。ただの他人以上でも、以下でもない。見ず知らず、という言葉がぴったりくる。

 話しかけているのも、私の方からだけ。美也は、受け答えはしてくれるけれど、基本的にこちらへ声をかけてくることは滅多にない。

 もし、私が話しかけるのを止めてしまえば、ぱっつりと二人の関係はなくなるだろう。

 それくらい、もろい関係なのだ。私と美也のこの語らいは。

 ――だからこそ、私はこうしてここにいて、口を開くのを止めないのだけれど。

「毎週見かけて挨拶したら、知人くらいにはなるかなぁと。それとも、休暇中に親睦でも深めよっか?」

「……あなたと会話することは、意味がないのよ」

「イミー、それは大変だ。文学者や評論家、それに意識高い系がかかる、『物事にはイミーがないといけない病』のことね?」

「……くだらないわ」

 そう、くだらないことだ。意味なんてない。

 だが、それを求めているのは、美也に他ならないのだ。

 でなければ――どうして人形のように、亡霊の姿をまとい続けられるのか。

「あぁ、つまりその傘の下にも、なんらかの法則が隠されているってことかしら。あなたの言う、意味ってやつが」

「……」

 美也は口をつぐみ、傘の下へと表情を隠す。

 ――まぁ、そうなって当然だろうと、私は申し訳ないが知っていた。

 図星と知りながら言葉を告げるのは、ちょっと胸にくるものがある。

 とある時刻のとある場所で、決まったゴスロリ衣装と同じ傘を持って、キャンパスに立ち続ける。宗教儀式のように繰り返される美也の行動は、まるで神へ祈りを捧げる信徒のようだった。

 つまり、それは――傘の下に世界を持っていながら、その世界にすがっているような、不安定さを感じさせた。

 なにか、彼女に触れることができない特別な何かのために。

 彼女は、ここにいるのだと。

 私がそう考えていると、美也は口を開いた。

「あなたは、口がすぎるわね」

 強く、感情的な口調に――彼女は、人形が不向きだと改めて想う。

 誰かの模倣をするには、あまり感情のコントロールがうまくない。

「詮索は穴をも穿(うが)つ、とも言いますので。それしかやることがないとも言うけどね」

 美也がゆっくりと、傘を傾けて私を見る。

 その表情と指先に、力がこもっているのがわかった。

「……」

 だが、見つめてくるだけで、私に口を開くことはなかった。

「くやしかったら、その傘を捨てて、こっちに来て欲しいわ」

「しない。あなたごときに、そんなことはできない」

 彼女のポリシーなのか、それが。

 そんなにも、乱れる自由な心があるというのに。

 ――自由に生きられる人の形なら、人形のふりなど止めればいいのに。

「私は、興味があるの。傘の下の王国を信じて、住み続けることに――どんな意味があるのか。それを、教えてほしいだけなの」

「……」

 私の問いかけに、もう、美也は何の返答も返すことはなかった。

 適度に嫌われるのも必要なのかもと想っての態度だが、やっぱり苦しいものだ。

 ――でも、反応しない人形の下が見えてきたのだから、この日焼けも無駄にはならないかな?

 その日は、美也が動くことも、私から話しかけることも、もうなかった。

 夏の暑い日差しの下――私達はただ、じっとお互いの本音をさらさないままに、陽の下にあり続けた。

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