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アンダー・ザ・アンブレラ  作者: 子無狐
2/11

夏の陽の下で - 01

 ――新しい関係になじんで、新鮮な驚きを受ける頃。

 ――お人形遊びを続ける子は、独りになってしまっていました。


 夏。

 暑い日差しが、世界をこんがりと明るい色へ染めている。

 世界は新緑と生命に満ち溢れ、虫のさざめきは波となり、風は優しく頬をなで、人は暑さから逃れるように動き回る。

 みな、お互いを励ますように熱気を送り、全ての命ある者が活動的になる。

 そんな、冷たさやクールさはひとまずおいておきたい、そんな季節において。

 私の眼の前の彼女は、春先といっこうに変わらぬ姿を保っていた。

「変わらぬあなたは、コピーロボ、それとも不動様?」

「残念ながら、どちらでもないわね」

 美也のつれない態度は相変わらずだった。クールな口調も変わらずだ。

 今は大学の長期休暇中、私も――おそらく美也も――それに漏れていない。自身の興味と学業、それらに時間を費やすには最高の期間だ。

 なのに、ゴスロリ服を着ていつもと同じ場所に立っているこの子。筋が通っているのか、それともそれしかやることがないのか。

「おかしいわねぇ。今は夏なのに、春のような気がするわ」

「暑さでやられているのでしょうね。主に春から」

 どちらが暑さでやられているのか、傍目からの判定を期待したいところだけれど――と想いながら、周囲に視線を向ける。

 キャンパスにいる人はゼロではないが、かなりまばらになっている。

 カリキュラムの消化か、補修か、サークル活動か。いないこともないが、通常の期間に比べれば、やっぱり人は少ない。

 可能性としては、構内へ逃げているという選択肢も捨てがたい。30℃を越えない日はない路面は、ずっと熱を持ちっぱなしだからだ。

 そんな穏やかな午後のなか、春先と変わらない美也の存在は、とてつもなく浮いている。

 クールな季節に似合う格好は、よけいに暑さを駆り立てる。見ている方がそう想うくらいだから、当事者の暑さは計り知れない。計りたくないけど。

 ――すっかり美也は、キャンパスの腫れ物だ。最近は、ひそひそと話し声が聞こえたり、露骨な好奇の眼を向ける人達も増えてきた。

 そんな彼女に話しかける私は、なんだ、すごく頭がどうかしてるか、気が触れているのかもしれない。

 ちらちらと通りがかる人も、美也と併せて、私にも同様の視線を向けている。春先からちょくちょく美也へと声をかけているからか、最近はワンセットのような扱いで見られたり話しかけられたりするようになった。人間、習慣化すると印象深くなるのだろう。

 なのに、私と言えば、微妙だった。正確には、私と美也の関係が、だ。

 あれからちょくちょく話しかけてポイントを稼ごうとしているのだけれど、美也の反応は冷たいままだった。ワンセットどころか、傘を挟んでワンカットだ。

 その証拠に、私の今いるこの場所は、思いっきり陽の光が当たる。暑すぎて汗が止まらないし、肌にも大変よろしくない。

 だから、この場所から動くことを提案してみるのだけれど、美也は全く動く気配もない。傘が日差しを遮っているとはいえ、傘自体が熱を持っているだろうし、そもそも彼女の姿がもう論外だ。いろいろと焦げて、しぼむ。

 ――ただ、これは、今日だけのことではない。美也と私は、いつも同じ場所で、こうしてたたずんでいる。

 傘を降ろすこともせず、雨の日も風も日も、同じ場所で同じように、美也はたたずんでいる。

 そうすることに決められた、マネキン人形のように。

「あなたがいるのは、いつも同じ日ね。つまり、風が吹けば桶屋はもうかる的な?」

「風水ではないし、なにより、迷信は信じないわ」

「ここ、科学棟だものねぇ」

 だからこそ、非科学的なものにも惹かれるのだが。全ては因果の名のもとに。

 ちなみに私、明里は将来を悲観する文系である。就職どうしよう、風水するか。

 なので、言い回しやつきあい方は、すごく遠回しではっきりしない。文系あるあるである。個人的希望。

「しかし暑くなるのは世の通りだけれど、あなたの見た目はそれを重ね掛けするわね」

 可愛さを演出するレース模様も、高貴な白手袋も、この暑さの前では拘束具なんじゃないかって想えてくる。

 先週も、その前も、桜が舞う季節にさかのぼっても、ここにいる彼女の姿は変わらない。

 出会った時と同じ――しかも、本当に同じゴスロリ衣装のままで、この場所に現れ続けているのだ。

 それは、周囲も印象を刷り込まれてしまうし、奇妙な感情を植え付けられもするだろう。

 ――まるで、人形のように自分を造り込んで、なにかを模倣するような彼女の姿。

 キャンパス内にある、石像のようだ。青年を鼓舞する異国人の石像は、その意志と志を伝えるために後生の人が造り上げたもの。その偉人のように、彼女にもなにか伝えたいことがあるのだろうか。

 そう、ある意味……忘れさせない、という点においては、彼女の目論見はもう成功しているのかもしれないけれど。

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