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アンダー・ザ・アンブレラ  作者: 子無狐
10/11

冬の雪解け - 03

「みんな、覚えているんだよ。でも……想いだす人と、覚えていく人は、違うものなんだよ」

 私が変えられないように、彼女も変えることはできない。

 美也が望んだあの時間は、どんなに留めようとしても、もう帰ってくることはない。

 私の言葉に、美也は、ふりしぼるように言う。

「そんなの、わかってる……!」

 だから私は、とぼけたふりをして、彼女の飾りをとってやりたかった。

 お人形の真似を、やめさせたかった。

 彼女が求めている華は、でももう、記憶と心にしか咲くことはない。

 ――私が好きなのは、先輩の亡霊をまとうあなたじゃなくて、先輩の横にいたあなただから。先輩と寄り添えるようになった、あなたらしい、あなたなのだから。

「私は、あれよ。素直じゃないから」

 もう一度、見つけてほしかった。

 彼女が彼女でなくなってしまうかもしれないけれど、綺麗になれる、そんな時間を。

「そうね。ダジャレや、からかいばかりして、ちっとも言いたいことを言わない」

「あなたが好きだから、なんて言いたくても言えないからね」

「……」

「……?」

 あれ、彼女の顔が真顔になっている。

 先輩のまねした造り物から、見たことのない女の子の顔になっている。

「……え、なんですって?」

「ん? 私、なにか言った?」

「す、す、好きって、言ったの?」

「……ぇ?」

 あ、あれ、私、言う気がなかったことを……もしかして、言っちゃった?

「……い、言ったことなかったっけ?」

「言ってないわよ!」

 とりあえずごまかそうと考えるが、うまい言葉が浮かばない。

 あれー、言ってなかっけかな!? とあれこれ振り返って焦る。

 だけれども、想い出したところでなにかが変わるわけでもないし……!

 ――遠回しにいつも言葉を選びすぎて、けれど、はぐらかすのが苦手な私は、こうなるとアップアップになってしまい。

「いや、これが人間と言うものだよ。美也、過ちはくりかえす。どうだ人間だろう?」

「まったくもって、本当に意味が分からないわ」

 言っている本人がわかっていないのだから、仕方がない。

 そんな私の様子を見て、美也は少し間をおいてから。

「少なくとも、失格ね。……告白、としては」

 そう、ぽつりと言った。

「だ、だよね……」

 冷てー、冬の冷たさと想いたい、美也の視線の鋭さよ。

 私は想わず手元のホット缶を一気のみして、その視線の冷たさに対抗する。

「アイ・アム・ホット! ラブ! ……げふっ!」

 そしてむせた。

「急いで飲むから……」

 そして意外とまだ暑かった。ぐふぅ。

 あわてふためく私を見ながら、傘の下から美也は動こうとしなかった。良くも悪くも、彼女は私の様子を見守っているようだった。

 少しして、口の中の熱も収まり、冬の寒さがまた感じられるようになった頃――口を開いたのは、美也だった。

「あなたの気持ちには、答えられないわ」

「そうかぁ」

 私はあっさりうなずくふりをして、美也の言葉を受け止めた。手元のコーヒー缶のプルタブを、指先でもてあそぶ。

 そんなに簡単に割り切れるなら、確かに、美也はこの場所でこんなことをしているはずもないだろう。それは、わかっているのだ。

 では、私の気持ちは? ……それを考えるには、まだ気持ちが追いついてきていない。

 指先のプルタブが、パキンと折れた。吸い込まれた空洞は、すっと暗闇に閉ざされていた。

「でも……」

 かすかな呟き。言葉は、続かない。

 口ごもる美也の様子に、私は、ちょっとすがることにした。

「ねぇ、ゆっくり、考えてみてほしいの」

「え……?」

「あ、誤解しないでね。好きだって話じゃなくて、なんていうか……」

 自分の本音が現実を知る前に、私は、美也に伝えたかったことを早口で言葉にのせた。

 それは、告げた想いの他に、感じていたこと。

「ずっと誰かを想うのって、大切だけど――先輩は、自由意思でその恰好をしていたと想うの」

「ええ……そう、ね」

 美也は、素直にうなずいた。想い当たる部分でもあったのだろうか。

「あなたは、どう?」

 私の言葉に、美也は少しうつむいた。

「わたし……わたしは……」

 こちらの問いかけに、美也の言葉はあいまいになる。

 質問の内容としては、美也も今までに問いかけられたことはあると想う。でも、おそらくは無視するか、聞いていなかったのだろうと想うのだ。彼女の傘の下は、誰にも侵されたくない、先輩との世界の証だろうから。

 ただ、今は少しだけ、閉じた心が開いているように想えた。だから、私もささやく。

「だから、もし、これからも会えるなら……一度、美也に会ってみたいわ。人形でも、先輩でもない、あなたに」

 ――それが見れれば、私としては、満足。

 精一杯の言葉を告げると、お互いに、自然と口が閉じた。

 冬の寒さに、少しずつ、頭が冷静になってくる。

 もしかすると、もう、これが最後の会話になるかも……と想い始めた私に、するりとその言葉が耳に響いた。

「約束は、しないわ」

「うん。わかったわ」

 私はうなずいた。少なくとも、美也は否定をしなかった。それだけで、私は充分だった。充分で、よかった。

 だって、それなら――人形を止める可能性が、あるってことなんだから。

 美也の返答を聞いて、私は微笑んで、告げた。

「さよなら……かな」

「……」

「風邪、ひかないでね」

 返答は、なかった。

 振り返り、少し歩く。そのまま、振り返らず、ただ歩く。

 もう、美也からも私の姿が見えないだろうなという位置で、ため息をつく。

 頬をなでる風が、冷たい。濡れた頬には、痛むように。

 冬の風は、冷たく乾き、熱っぽかった私の胸を無慈悲になでた。

 その風は、心の中までも、通り抜けていくようだった。

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