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アンダー・ザ・アンブレラ  作者: 子無狐
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春の出会い

 ――桜の花が舞い散る中で。

 ――気になっていた子が、消えてしまいました。

 ――代わりに、失われたはずの憧れが、亡霊のような人形として現れました。


 春。

 よみがえり始めた心を誘うように、薄紅の桜が舞う季節。

 散らずに咲いた入学生が、キャッキャウフフとちらつく季節。

 そんなピンク色の景色のなかで、まあ珍しいな、と私は想う。

 それとも、都会ではこれが今はやりのスタイルというやつなのだろうか。

 ここは田舎だ。

「お持ち帰りは厳禁ね。現金ならついてきてくれる?」

「……なにかしら」

 じっと観察しているのもなんなので、声をかけてみたら反応があった。

 人形みたいな格好をしているわりには、人形ではないらしい。

 わからないのは、大学のキャンパスで、日傘にゴスロリ服の彼女のことだ。

 袖先や襟元にあつらえられたレースと、全身に彩られた細かい文様が印象的な、黒いゴシックドレス。その手には白い手袋がつけられ、そこには貴族的ともいえるような、豪華な傘が握られている。

 青色の瞳はおそらくカラーコンタクトだろうし、金髪はおそらくウィッグっぽいが、ちょっと判別しづらい。

 ただ言えるのは、まさにイメージ通りの典型的なゴスロリ衣装すぎて、うぉまぶし。

 ――そう、まるで造られたお人形のような造りすぎた出で立ち。

 太陽はさんさんと、ただ、初春の陽気はそこまでの暑さではない。見ている方がやや暑さを気にするような過剰さだけれど、余計な心配ではあろう。

 とはいえ、公共のキャンパスで、フリルと装飾に彩られた格好は、大変に目立つ。彼女が声を掛けてきたのは私だけだけれど、彼女を見ている視線は、私以外もたくさんだ。

「よって食指が動くわけですけれどね。触手じゃないわよ」

「誰もそんなことは言っていないのだけれど」

 興味を持った私は話してみて、案外に受け答えがまともなのでがっかりする。いわゆる厨二? 的なものかと期待していたのに。

「はじけろ」

「はじけるか」

 人形になりきれないのか、付き合いがよいのか。

 仕方がないので名前を聞いてみた。美也と答えた。

「お美也参りされたいのね」

「……放っておいてくれないかしら?」

 呆れたような彼女の声。傘の下から聞こえる声は、こちらとの境界が明確だ。

 ただ、そうは言ってもスタイルがスタイルだ。私以外の眼もずいぶんと引いている。好機と関心と同情の視線。だけれど身体は引いている。一歩遠い周囲の様子に、私はため息を漏らす。

 ――どうせなら同乗しようよ、私みたいに。

「けれど、私は惹かれている。つまりこれは、恋ってやつの始まりね」

「初対面の方と付き合う酔狂さは、ないわ」

 クールで明瞭な声で、お断りの返答をされた。

 なんだかんだで受け答えにつきあってくれる美也は、たぶん底抜けのお人好しだ。保護せねばなるまい。

「で、なんで客引きなどをやってるのかしら。あ、もしくは天からの予期せぬ来襲あり?」

「これはスタイルなのよ。降雨には関係のない、ね。もちろん、客引きでもないわ」

 傘の下から聞こえる美也の声は、少し聞き取りづらい。壁があるわけでもないのに、傘が一つあるだけで、距離的な隔たりを感じてしまうからだろうか。

 ――古来より傘の下は、権力者とともにあったといわれる。

 太陽をあおぐ天空、そことは異なる世界への証。

 一つの柱を軸にして、己の世界を構築する。

 そしてその世界を他者に支えさせ、自分は主権として、傘の下で全てを統治する。

 語原は同じ笠においても、笠に着る、権力の笠という言葉があるくらいだし。

 つまり、天を守る覆いの下には、ある一定の秩序を裏立てた安全地帯があるわけだ。と、私は勝手に持論を練り上げた、えっへん。

 今の時代、そういった意味付けは失われてしまったのだけれど。

 ……美也の傘の下は、もしかするとそんな過去のロマンスを表しているのかもしれない。もう、失われてしまった、とある時代の象徴として。

 なぜなら、傘の下は他の世界と異なる、自分だけの天を造り出すことができる。

 美也のいうスタイルとは、つまり、そのゴシックスタイルに彩れた過剰さをいうのだろう。

 暗く細微な装飾を満たした彼女のスタイルは、その憂鬱な表情と相まって、ある種の美しさがあるのはわかる。

 人形みたいな、造りものだけれど。

「傘の下にはあなただけがいる。それはつまり、あなただけのプライヴェートポジションということね」

「世界は残酷と言うけれど、この傘の下ほどの自由は欲しいものだわ」

「まったくね」

「あなたに言っているのよ」

 同意できたのでうなずいたら、どうやら私が邪魔だったようだ。まぁ、ツッコミは無視しよう。

「そんなこと言わないでさ、傘の外にも自由はたくさんあるものだよ?」

 わずかばかりの自由さえ存在できない世界なら、人形でも並べておけばいいのだ。

 人形を相手に、自分の満足する正義を語る。

 ――お人形ごっこ。私は、好きじゃない。

「あなたはお人形じゃないのよね?」

「ええ、そうね。自由意志はありますわ」

 ならば、お人形遊びでないと自覚はしているわけだ――私はその言葉に、心から安心した。

 周囲から見ているほど、彼女は演技達者ではなさそうだ。かといって、衣装に着られた人形にもなれていない。ならば、彼女はなんなのだろう。

 ――私が話しかけたかった美也は、どこにいるのだろう。

「……ぁ」

 ふっと、思考が現実に戻る。

 ちらりと腕時計を見て、しまったと想う。

 サークルでの集合時間が迫っていたからだ。遅刻はまずい。

「じゃあ、今日はここまでね。また会いましょう」

「会いたくないわ」

 つれない一言にへこんだふりをしながら、私はその場を立ち去ろうとする。

 ――っとと、その前に。

「ああ、私、明里っていうの。あなたに話しかけるには、ぴったりの名前でしょう?」

「ぴったりって、なんのことかしら?」

 疑問を返す美也の言葉に、にやりと微笑む私。

 自分の指を彼女に向けて、私は勢いよく言った。……傘があるから、彼女からは見えないだろうけれど。

「あなたの住んでいる傘の里を――明るくする者、だからよ」

 そう、宣戦布告したのだった。

「……」

 そして、沈黙があった。

「……?」

 不思議に想いながら、少しばかり様子を見ていると。

「……恥ずかしくないのかしら?」

 美也の、なんともいえないようなニュアンスの返答が、静かに返ってきた。

「え?」

 その言葉に、私は自分の言葉を省みて。

 ふっと周囲を見れば、みなの視線が私たちに集まっていた。

 というか、主に私に。

 ――あれ?

 言ってから、なんとなくノリで言ったセリフの意味が頭のなかで再生される。

 そして……こう、厨二とかいうレベルでなく、すごく……今は春なのに、季節が逆回転しているというか……ある意味で春なのに冬というか……!

「……恥ずかしいけど、なにか問題でも!?」

「逆ギレされても」

 冷静なツッコミが来た瞬間、なぜか少しだけ傘を上げてくれたおかげで、美也の冷めた顔をうかがうことができた。

 ――まぁ、その表情は素の彼女らしかったので、恥ずかしさは我慢するとしよう。

 なので、今日はそこそこに引き上げることにした。印象づけることは、たぶんできたから。

「じゃあ、またね美也」

 一足飛びで行くよりも、きちんと段取りを踏んで入ろう。

 ――彼女の傘の下は、ちょっと堅牢なのを知っているから。

「……」

 声をかけて立ち去る私に、美也はなにも言ってくれなかった。

 ちらりと去り際に盗み見れば、先ほどまでの人形のような顔に逆戻りしていた。くそぅ。

 ――私には、彼女のような強さは、持てそうにない。

「はてさて、傘の下のお人形は……どうやったら、人間だと想いだせるのかしら?」

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