第一章『新しき戦』
物語全体の第一章に当たるお話の、いわゆるプロローグです。
『ケータイ小説』という『手軽さ』こそが最大の武器であるメディアからは少し逸脱した作品を目指していきたいと思います。もし宜しければ、是非、最後までお付き合い下さいませ。
漆歴四千六年。二月。
雨。天空から深々と降り注ぐそれは、窓に優しく触れ、滝となって流れていた。
狭い室内……というには少々贅沢なここは、広さにして約十二畳程度の、たった今巨大なデスクに腰を据え若干十七歳の青年二人に話しをしている教官長に与えられた、特別な部屋だ。
「というわけで、君達は明日からBクラスに編入する事になったから、よろしく頼むよ」
だがよくよく見るとこの教官長、なかなか剽軽な出で立ちである。スッと立った割に根元だけボテッとした鼻はまぁ置いておくとして、何を勘違いしているのか、まずはこのくるくるカールのヘアスタイルだ。旋毛から僅かに生え始めている髪から察するに元々は茶色なのだろうが、それをわざわざドギツイ金色に染めていて、首を動かす度にいかにも偉そうにふわふわと揺れている。しかもその赤い服やらキンキラキンの装飾品は、どこぞの貴族でもあるまいし、何かが根本的に間違っている。オマケに、外見的な判断だけでは年齢不詳だし。
「はい、よろしくお願いします」
ちなみに返事をしたのは片方の青年だけであり、専ら教官長を『変だ』と感じているのは、件の教官長の話しを右から左に受け流している、返事をしなかったもう片方の青年。クセのない、サラサラの黒い長髪を高い位置から垂らす様にポニーテールにした精悍な面構えの青年──、否『彼女』の名は……。
「教官長さん」
怪訝な面持ちのまま、黒髪ポニーテールが口を開く。
「なんだね? あー……」
だが教官長の口からすぐにその名が出てくる事はなかった。
「……レイナ」
「あぁそうそう、レイナ君だったね」
『レイナ』それが、言わずもがな彼女の名だ。
キリッとつり上がった目尻に、整った鼻筋。そして、鋭く、相手をくり貫く様な眼差しは、彼女のトレードマークであり、同時にある種のウィークポイントでもある。
「何か質問かね?」
教官長は問うと同時に、巨大な椅子の背もたれに深く沈み込んだ。またあのくるくるカールが剽軽に揺れる。
レイナは、少々の笑いを堪えつつも腕を組んで、教官長と自分の隣にいる黒髪の青年を交互に見やり、言った。
「あのさ、私がいきなりBクラス編入ってのは判るけどよ、何だってアルもBクラスなんだ? こいつ試験でなかなかのヘタレっぷりを発揮してたじゃねぇか」
「なぁレイナ。頼むから俺を見る時にそんな風に蔑む様な眼差しを向けるのは止めてくれ」
が、レイナはそんな青年の訴えには耳もくれずに続ける。
「だってさ、私の総合ポイントは六百二十七ポイントで、アルの総合ポイントは百五十一ポイントだぜ? 見ろよこの差。ははっ、マジ笑えんだけど。ねぇ、教官長さん?」
本当に笑っている。何と言うかこう、無様なモノの醜態を上から見下す様に足蹴りし、容赦なく突っぱねて、周囲の空気に同意を求める感じだ。
「まぁ良いではないか。我々としては、アルミス君は『Cクラス以上Bクラス以下』という何とも評価の付けがたい位置にいるのだよ」
「何だよそれ。要は『試験やってみたら最後に指先だけ引っかかってたから『面倒くさいから良いや』って理由で教官長さんに引っ張り上げてもらった』ってわけか」
「そういう事になるね」
「かぁー、情けない」
「あのー、もしも〜し……」
レイナの隣でどこか隔離された気分に陥れられているのが、彼女とは幼なじみであり、ここ『ゼルス養成学校』に来期から編入する予定である、黒髪の、どこにだっていそうな至って普通の青年『アルミス』
「二人とも、何か俺の扱い方酷くないか?」
「っさい、悔しけりゃレッドドラゴンの首の一つでも持って来てみやがれ」
が、そんな訴えもまたレイナに一蹴りされた。彼はただ、普通に人間として扱って欲しいだけだと言うのに。そもそもレッドドラゴンなんて化け物、レイナだって倒せやしない。
そしてその間に入り込む様、教官長が漸く話しの軸を戻そうと躰を起こして巨大なデスクに腕を置き、口を開いた。
「まぁ何はともあれ、君達はこれで晴れてここ『ゼルス養成学校』のBクラスの生徒だ。長くなるか短くなるかは君達次第だが……まぁ適当にやってくれたまえ」
ここで言う適当とはつまり、そういう事である。決して『いい加減に』などとという意味合いは、一切持ち合わせていない。
アルミスもレイナも、再び教官長に視線を集中させ、その言葉に耳を傾けていた。しかし……
「話しは以上だ。うむ、退室して構わんよ。寮の部屋については、後から寮長あたりの係の者を向かわせるから、それまで向かいの部屋で待っていたまえ」
すぐさま解放となる。退屈な話の束縛から逃れたのを確認すると、アルミスとレイナは同時に振り返り、出口に向かってこれまた同時に踏み出した。
「…………」
そして教官長は、その背中を神妙な面持ちで見送る。そして最後にその背中に掛かった声に、二人はまるで、気が付く様子はなかった。
「……ようこそ、ゼルス養成学校へ……」