鬼と呼ばれた剣豪の素顔
その翌日、珊瑚は沖田に案内を頼み薬の調合をするための和漢方の店に来ていた。和漢方とは、中国から伝わり鎖国ののちその漢方薬が日本独自で発展したものである。
「本当に漢方ばかりしかないんですね」
少しは何かあると思って来たのだが、和漢方なのだから当たり前だ。
「抗生物質とかないと、困るんだけどな」
「何ですかそれは?」
沖田の言葉に珊瑚はどきりとした。当時はまだ、抗生物質すらも発見されてないという事を、珊瑚はすっかり忘れていた。
「本当に漢方とかしか使われてないんですか?」
「そうですよ」
不思議そうな顔で、沖田は即答した。
(これじゃあ、民間療法レベルの治療しか出来ないじゃない。どうしよう)
珊瑚はがっくりと頭を項垂れた。結局漢方薬程度の薬草を買ってきただけで、買いたいと思っていた化学的な薬品などを購入する事が出来なかった。
屯所への帰り道、ふと横を歩く沖田の顔を覗き込めば、どこか 一点を見つめたまま無表情で歩く沖田の顔があった。
「沖田さん?」
ふわふわと焦点の定まらない表情で、前だけを見てこちらを見ない沖田の目の前で珊瑚が手をかざすと
「あ、ごめん」
と、はっと気付いた様子で沖田はこちらを見た。
「なんかさっきからボーッとしておかしいですよ? 芹沢局長や新見局長の事と関係あったりしますか?」
珊瑚がそう言った途端、沖田の顔色が変わった。そして同時に沖田の足も止まった。
「芹沢局長の事、とは」
「いえ……。昨日、芹沢局長が長州の浪士たちによって殺害されたって話を聞いたものですから」
珊瑚がそう言うと沖田は
「ああ」
と、何故か少しホッとした様子で目を逸らした。
「色々とあったみたいですよ」
「じゃあ、新見局長に引き続き芹沢局長が亡くなられたこと、さぞかし皆さん悲しんでおられるでしょうね」
「いやそれは無いんじゃないですか」
「だって、近藤局長と同じ局長が、何者かに殺されたんでしょう? 沖田さんは悲しくないんですか?」
そう言って、珊瑚が前を向いて歩き出そうと足を踏み出した時、
「俺は悲しくありませんよ」
冷静沈着な沖田の声が聞こえて思わず珊瑚は振り返った。
「あのお方は元々殺されてもおかしくなかった」
そう言った沖田の表情は、感情を一つも汲み取らせない虚ろな――感情の無い目をしていた。
「切腹、或いは斬首の刑が下されるはずの大罪を仕出かしている」
「切腹或いは斬首のはずって――まさか芹沢さんは」
珊瑚の言葉に、沖田はしまったという顔をしていた。そして、やがて沖田は諦めにも似たような哀しみの色を薄っすらと見せ
「芹沢先生を斬ったのは長州ではなく、俺なんだ」
と、消え入りそうな声で言った。
その言葉に、一瞬二人の時間が止まった。沖田の長い髪が、風に靡いて揺れている。二人の間に暫く言葉は無かった。
「無闇な殺戮と借金、女との荒淫な生活が町家の評判になり、遂には会津藩から直々に処分の命が下った――仕方の無い事だった」
その諦めにも似たような表情からは、本当は殺したくなんてなかった、そういう後悔をしているように見えた。
「隠していて……悪かった。土方さんには言うなと口止めされてたものだから」
申し訳なさそうに言う沖田は、いつもの沖田の声色に戻っていた。
「なあ。珊瑚さんは、俺が怖くなった?」
珊瑚は首を横に振った。その時、不思議と沖田を怖いとは思わなかった。
この頃、新選組は鬼と呼ばれあまり好まれていなかった。むやみやたらに人を殺すとさえも言われていた。
そんな鬼の裏には人間味溢れる暖かい存在があるんだという事を珊瑚は知っている。それはふとした合間に見せる沖田の表情が、それを物語っていた。
「怖くなんかありませんよ」
「それなら……良かった」
沖田は安心したように微笑んだ。