局長たちの暗殺会議 二
新見の切腹は、あれからすぐに決行された。
九月十三日 夕刻 新見錦切腹――
隊規に照らし斬首すると脅し、詰め腹を切らせた。
そして次はすぐに芹沢暗殺に向けての計画が行われた。 武家出身ではなく身元が不安定な近藤一派が出世する為には、 新選組は無くてはならない拠り所である。
芹沢の暴走で新選組が瓦解する事は、両者にとって避けたい不安要素であり、本来なら組織の長である芹沢を守るべきだが、 会津と新選組の両者の利害が一致し、芹沢暗殺はこの数日後に行われることになる。
新見に詰め腹を切らせたその翌日、近藤の部屋で再び会議が行われた。
「今度は芹沢先生を暗殺ですか」
腕を組み、じっと畳を見ている土方に沖田が言った。
「ああ、すぐにでも決行する。お前も参加だ、いいな。お前がどんなに嫌がっても決まったことだ」
「ふん、わかっていますよ」
沖田は不貞腐れつつも冷静な声で言った。
芹沢は沖田を気に入っていた。沖田を連れては島原へ、町へ繰り出した。
剣の腕がキレる、その天才的感性というものを芹沢はとても気に入っていたのである。
その上剣を握ると気短で荒っぽくなる沖田のその性格を、芹沢は自分に重ねていたのかもしれない。
だからこそ、何かあればすぐ沖田をよく気にかけていた。この屯所を覗いては「総司! ちょっと付き合え!」そう大声を張り上げていたものだ。
「お前、嫌じゃないのか?」
胡坐をかいてじっと聞いていた原田が沖田に訊ねた。
「別に嫌じゃありませんよ」
沖田の言葉に原田が呆れたように目を見開いた。
「お前、芹沢先生に気に入られてたじゃねえか」
「ええ、別に」
沖田はゆっくりと目を閉じた。
――お前は本当に腑抜けだな
いつだかそんな事を芹沢は沖田に言った。
初めて沖田が人を斬った時だった。
『何故剣を抜くことを躊躇った?』
初めて浪士に喧嘩を売られたときの事である。結局そのまま討ち合いになった。 沖田の太刀で相手は絶命したが、沖田は眉をひそめてその死体を見ていた。
『抜くか抜かれるか、その一瞬の判断で命を失うことになるぞ』
『相手は命ある人間です。安易に剣を抜くなど――』
『ならば、その一瞬で死んだとしても文句は言えんな』
芹沢の言葉に、沖田は自尊心を傷つけられたと思った。
『いえ、人だと思わなければ斬れ――』
『いや、人間だ』
『相手は、感情も家庭もある一人の人間だ。俺らと同じ、血の通った一人の人間だ』
その言葉に、沖田は何も言う事が出来なかった。
『俺はいつでも相手を人間だと思って斬っている。無論、斬られる覚悟も出来ている。それは相手が刀を持っていなくとも同じだ。手段は何であれ、戦うということはそういうことだ』
沖田は黙ったままだった。目線はいつの間にか地へ移り、そして月明かりに反射する黒い血が視界に入った。
『斬って後悔するようなら、さっさと壬生浪士組を辞めて江戸に帰る事だな』
芹沢はそう言って沖田から背を向けた。沖田はその後姿を黙って追いかけた。 そして鴨川の土手まで来たところで『総司』と芹沢が口を開いた。
『いいか。現実から逃げるな。目を背けるな。斬られた人間の血も痛みも、全て背負って生きていく覚悟を持て』
そう言って振り向いた芹沢の目を沖田は黙ってまっすぐに見た。
――覚悟、か。
沖田はゆっくりと目を開いた。
じっと黙り込む沖田を原田は心配そうに見つめていた。 沖田は俯いていた顔を上げると、切れ長の目でまっすぐに原田を見た。
「俺は芹沢先生を斬るよ」
沖田のその言葉に迷いは無かった。
「例えどんなに俺が芹沢先生を慕っていたとしてもだ」
***
そんな会議が行われてすぐの豪雨の日、芹沢が暗殺された。 珊瑚には長州の浪士によって殺害されたと伝えられた。
沖田は黙っていた。芹沢の暗殺も、自分達の手によっての事だということも。沖田をはじめとして、土方、原田、そして新選組総長である山南の四人で芹沢の屋敷へと殺すつもりで足を運んだ。
山南は芹沢暗殺に加わった事による後遺症からか、部屋から出てこなくなってしまった。
刀さえも持つ事が出来ず、山南の精神状態は極限に達しているようだったが、それを沖田は少し小馬鹿にしていた。
これは、幹部だけしか知らない。同士討ちだとばれれば、隊の規律が乱れるからだ。
まずは沖田が寝ている芹沢に一太刀浴びせた。
芹沢と一緒に寝ていた女も一緒に。
女に罪は無いが運が悪かった。
致命傷を負った芹沢は、机の端に躓きよろけたところで沖田を中心とし、原田、土方と共に滅多刺しにした。
生々しい肉の感触が未だに沖田の手に残っていて、それはどこの誰とも知らない者を斬った時よりも、後味が悪かった。
生暖かい吹き出た血が顔にかかって、それを袖で拭えば黒い血の他に無色透明の液体が袖を濡らした。
その時濡らしたものが何なのか、それに気付くのに時間はかからなかった。
――ああ、俺は……。
まばたきをする度に瞳から溢れるそれに、沖田は苦笑した。
――俺は今、泣いてる。