局長たちの暗殺会議 一
屯所のそばまでくると、土方が屯所入口で立っているのが分かった。竹刀を肩に担ぐような形でじっと仁王立ちしている。
そして、珊瑚たちに気付いたのかこちらを向くと、威圧的な険しい顔をしながらこちらに向かってきた。
「総司っ! お前稽古サボって一体どこほっつき歩いていやがった!」
「やだなぁ土方さんてば。近くの人とちょっとした手合わせしてきただけですよ」
嘘ばっかり、と珊瑚は溜息をついた。
(本当は壬生寺の影で平和な顔で寝てたくせに)
「その割には木刀も何も持ってないようだが」
「俺にはそこらへんの棒で十分ですよ」
「お前は嘘が本当に下手だな」
沖田は笑顔を崩さずにいる。土方の前でこんな風にいられるのは沖田の特権だ。
(何なんだこの二人は)
そのやりとりを見て、珊瑚は少し呆れた。
「ったく今日はお前が稽古つける日だってのに、教える方がすっぽかしてどうすんだよ」
「ははは。すみません、明日はちゃんとやりますよ」
「今日やれ、今日!」
そう言って土方は沖田の腕を掴み、ぐっと沖田の耳を自分の口元に寄せると
「話がある」
と小声で言い、そのまま屯所の奥へと連れて行く。沖田は何か状況を把握したのか、黙ったままだった。
「ちょっ、沖田さ――」
珊瑚は思わず沖田に声をかけたが、沖田は振り向かなかった。
***
話がある――そう言われて沖田が土方に連れて来させられたのは近藤の部屋だった。習字をしている近藤の前で、土方と沖田は隣り合わせで座った。 近藤の隣には、監察の山崎烝が正座をしている。
監察の山崎烝は、大坂高麗橋の有名な鍼医の子で、剣術も棒術も出来る。町人らしく機転も利きくのだ。
「新見は前夜、芹沢と共に島原の角屋で遊んでいた事が確かになっています。長州の間者と一緒です」
「ほお、間違いないか」
丁寧に報告する山崎に土方が問う。
「ええ、間違いありません。長州藩士、五人程度と一緒です」
「そうか。決まりだな」
土方は冷ややかな声で言った。
そして一呼吸おいて
「新見局長に詰め腹を切らせろ。芹沢局長は何らかの形で処分だ。いいな」
と、腹に響くような低い声で言った。
「珊瑚には絶対に言うなよ」
そしてここで初めて沖田が口を出した。
「それくらいのことはわかっていますよ」
そう、低い声で言った沖田の顔は真顔だった。
新見錦・芹沢鴨を処分する――そんな話が新選組幹部の間で持ち上がったのは最近の事じゃない。
芹沢鴨と新見錦には、会津藩も手を焼いていた。度重なる芹沢の暴挙、そしてついには大和屋大砲事件まで起こしていた。
『壬生浪士組』の資金調達は芹沢一派が主にやっていたが、そのやり方はもはや恐喝であった。しかし当初の壬生浪士組の財政はそのおかげでなんとか賄っていたのは事実。
しかし、芹沢派の乱暴狼藉に困惑した近藤・土方らが、芹沢派粛清を計画することになったのだった。
しかしそれを計画してすぐに、会津藩から極秘に近藤、土方に芹沢処分の命が下った。芹沢の度重なる暴挙に、遂に会津藩が動いたのだ。
暗殺指令の理由は、会津が京都の治安を守る為に立ち上げた組織が、取り締まる対象の不逞浪士と同じ行動をし、会津の面目が潰されたというのが理由である。
――いや、もっともそれはただの『殺す理由付け』にすぎない。
尊皇攘夷水戸派に強く繋がる芹澤一派という存在は、会津藩にとっても非常に疎まれる存在であったのが大きな理由である。
会津藩にとって新選組は使いたい。が、水戸はいらないといったところだろうか。
これは近藤・土方らにとっては都合が良かった。会津藩の後ろ盾があるからだ。
九月十三日の夕、新見に切腹――日程はもう決まっている。
***
「沖田さん、何の話だったんですか?」
そう、珊瑚に沖田が話し掛けられたのは近藤の部屋を出、自室に向かおうと歩いていた時だった。
「いえ、なんでもないですよ」
沖田は何も無かったように言った。
「ならいいですけど」
「べつに珊瑚さんが気にする事はない、ただの会議みたいなものですよ」
「会議?」
「そう。これからどういう風にしていくかっていう、簡単な会議です」
――嘘、といえば嘘だが、本当といえば本当なのである。いつ新見に詰め腹を斬らせるか、の暗殺会議だ。
「そっか色々大変なんですね」
「別にそうでもないですけどね」
沖田は笑顔ではなかった。 珊瑚の目には、沖田の表情が何かを案じているような――そんな風に映っていた。
珊瑚には、総司の頭の中で新見をどうするかだけを考えていたことはまだ知らない。
――これから何が起こるか、すらも。