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三人の局長

 珊瑚がここ、江戸幕末に来てしまってから、はや一週間が過ぎた。

 隊務にも慣れ、ようやくみんなとも打ち解けてきた。

 江戸幕末の生活も悪くないもので、珊瑚の身の回りのことは沖田が色々教えてくれているし、土方も口は悪いが優しい人だ。


 やっぱり凄く寂しくて、夜は泣いてしまうこともあったのだが、そんな夜は決まって沖田が珊瑚に面白い話をする。


 今ではもう泣くことも少なくてお蔭様で珊瑚は元気にやれるようになった――そんなある日の事。


 珊瑚は、刀の手入れの途中くしゃみをして指を切ってしまったという藤堂平助の手当てをしていた。

 彼は八番隊組長。人懐こく、少年のようなあどけなさを持っている。おまけには彼はおっちょこちょいだ。


「はい、これで大丈夫ですよ。傷が開くかもしれないのでしば らくはあまり動かさないで下さいね」


 念入りに焼酎を消毒液代わりに塗り、殺菌作用のあるスイカズラとドクダミを調合して作った薬粉末を塗り、手ぬぐいで巻いた。


「いや……まさか滑るとはおもわなくて」


 藤堂は、自分の頭をくしゃりと掻く。罰が悪そうに珊瑚の顔を見た。


「まったく。注意散漫ですよ」

「でも、こうやって珊瑚さんの笑顔が見れると思うと、怪我も悪くないね」

「ふふ、藤堂さんてば、冗談がお上手なんですね」

「冗談じゃねえよお」


 何気ない会話が繰り広げられる。 藤堂の言葉はいつもこうだ。


 珊瑚は、大学時代に学んでいた勉強のおかげで、あっさりと医師の称号を取ってしまった。 現代で言う医師とはとても程遠いもので、多少医学の知識さえあればあっさりと取れてしまうもの。

 医学部中退、看護師レベルの自分の頭ですら、まるで立派な学者のような扱いだ。


「ん、何か騒がしくねぇか?」

 手当てを受け、部屋に戻ろうと立ち上がった時、藤堂が異変に気付いた。

 さっきからどこかの部屋が何やらざわついている。 何が起こっているのだろうか――珊瑚と藤堂は、部屋を出、そして声のする部屋へ向かっていると、


「沖田ぁあぁあぁあぁあぁあぁあ!」


 爆風のように駆け抜ける、物凄い罵声が耳に飛び込んできた。


「なっ……何事ですか!?」


 珊瑚は藤堂の後に続き、声の聞こえた部屋に勢いよく入り込んだ。


 すると、大きな見慣れない男の後姿があった。 その男の周りには、近藤勇、土方歳三、山南敬助、沖田総司、永倉新八、原田左之助――七人の新選組幹部達が囲むように正座をして座っている。


「何じゃ貴様ら!」

 見慣れない男は珊瑚と藤堂を交互に睨みつけた。


「にっ、新見局長!」

 藤堂が驚いたように言う。そして苦笑しながら、沖田の隣にいた永倉の隣に逃げるように座った。


――新見錦。


 狼のように荒々しい風貌をしたこの男は、珊瑚とはまだ面識はないが新選組局長である近藤勇、芹沢鴨と続く三人目の局長である。


 珊瑚が来る前の文久三年二月、浪士組二百数十人の平隊士と共に京へ入洛し、その後主力の帰東と共に、分裂して新選組を結成した。



「ほお、この女か。沖田が拾ってきたという女は」

 新見は鋭い眼孔で珊瑚を睨みつけた後、近藤と土方の方を向いた。


「川で死にかけていたんだってな」


 挑発するように、鼻で笑いながら珊瑚を再び睨みつける。 珊瑚は目を逸らし、床を見た。


「隊医――というところです」

 土方が丁寧な口調で言った。


「隊医だと!? この女がか!?」

 新見は声を荒げて笑った。

「川で死にかけた女が隊医だと!? 笑わせるな!」


 今まで目を閉じ、黙って聞いていた沖田は、目を開けると新見を睨み

「で。言いたいことはそれだけですか? 新見局長」

と、冷静な声で言った。


「なっ、沖田貴様……!」


 新見の握られた拳にぐっと力が入る。 新見と沖田のやりとりを、珊瑚はわけがわからず見ている事しか出来なかった。


 つまりは、新見は屯所に女がいる事が目障りらしい。


「とにかく俺はこの女が目障りだといっているんだ、わかったらさっさと追い出さんか!」


「それはできません」

 沖田の横で見かねた土方が腕を組みながら口を出す。


「なんだと?」

「彼女は大事な隊医だ。医師の称号も取得している。隊士達の傷を治療してくれる大事な役職だ。外す事は出来ない」


「土方……貴様まで血迷ったか!」


 新見の顔がさらに険悪なものに変わる。 その他の隊士達はもはや唖然と見ていることしか出来ず、静かだ。

 新見は、近藤、土方、山南、沖田、原田、永倉、藤堂――そして珊瑚をしばらく睨んだ後、新見は


「フン、隊医といっても……所詮女だ。せいぜい隊士の娼婦にでもなるこったな!」


 そういい捨て、荒っぽい足音を立てて出て行った。





「珊瑚さん、すまないな」


 新見が出て行き、しばらく部屋は静寂に包まれていた。 その中で第一声を上げたのは沖田だった。沖田は申し訳なさそうに言う。


「いえ……いいんです。そうですよね、女なんて所詮目障りなも のでしかない」


 新見の言葉で珊瑚は平成と江戸の男と女の身分がいかに違うかを痛感した。


 男女差別。そんなの平成の時代ではようやく無くなって来た。 女が就けない職業なんて殆ど無いし、女が家事をし、子供の世話全てをやる時代はもう過ぎた。


 男がいないと何も出来ない、そんな風に見られているような気がした。娼婦――その言葉が、屈辱的だった。



 

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