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それは舞い散る桜のように  作者: ケイ
はじまり
3/11

新選組隊医

 沖田の説明によると、珊瑚は病院の制服姿のまま大きな岩にもたれかかるようにして倒れていたという。考察するに、川に落ちてすぐにそのままタイムスリップしてしまった――という事だ。


 巡察中の沖田によって見つけ、そして運ばれ、こうして介抱されたという事。沖田は何も言わないが、さぞかし珊瑚を奇妙な服を纏った女だと思ったに違いない。


「なんだか助けてもらっちゃって……すみません」

「いえ、いいんですよ。何かお辛い事でもあったんですか?」


「……よく……わかりません」

 珊瑚は俯いて、力なく言った。

(辛い事確かにあった。けれども……)


 沖田はそんな珊瑚を宥めるようにして、

「詳しいことは聞きませんよ。言えない事は言わなくていいんです。だけど……ご親族の方々はきっと凄く心配してると思いますよ」


 親族――その言葉に、珊瑚は思わず涙ぐんだ。


「わからないんです」


 珊瑚はぎゅっと布団の裾を掴んだ。 心配は少なからずしているだろう、珊瑚は思った。

 しかしここは平成よりもずっと過去である。珊瑚の両親が生まれる前の、遠い遠い過去。


 珊瑚には、肉親そのものが存在しないことになる。

――いや、いるのかもしれないがどこの誰かなどわかるはずがない。


「なんでここにいるのかも、出身も何もかも。わかるのは……名前だけなんです」

「よっぽどの事情があるみたいですね」


 沖田が困ったように言った瞬間、後ろから色黒い男が現れた。 彼もまた髪が長く後ろで一つに纏めており、顔立ちはまるで役者のように整っている。

 日本人離れした彫りの深い顔立ちが、珊瑚を睨むように見た。


「びっくりした。土方さん、いつからそこに?」

 沖田が驚いた様子で言った。

「名は何と言う? あたりからだ」


 土方と呼ばれた男は、沖田に視線を落として鋭い目つきで睨んだ。


「お前ェが拾ってきたんだ、拾ったからには責任をもてよ」

「どういう意味です?」

「お前の部屋半分分けてやれ」

「え? 俺の?」

「嫌だとは言わせねぇ」

「いや、別に俺は構わないけど……」


 土方は珊瑚の顔を見、

「珊瑚……だったな。お前、何か得意なものはあるか?」 と言った。


(得意……得意なものなんてあったかな)


 珊瑚は運動があまり好きじゃない。なので剣術(剣道)みたいなものは専らダメダメだ。とりあえず、頭に浮かんだものを言った。


「んーと……料理とか? あ、そうだ、私ちょっとだけ医療を学んでました」


 珊瑚は口にしてはっとした。医療的なことはもう二度と口にしないつもりだったのについ、出てしまった。


「料理と医療か。決まりだな」

 土方は思い立ったように言った。


「奇遇だな、俺の実家も家が薬屋なんだ」

 妙に珊瑚に期待をかけたような顔つきでニヤリと笑みを浮かべているのを見て、珊瑚はしまった――と思ったが、後の祭りだ。


「総司、話はついた。とりあえず、今日から珊瑚と二人で寝ることだな」


 土方はそう沖田に言い放つと、部屋を後にしようとする。 それを沖田が慌てて引きとめた。


「ちょっ、俺は構わないけど他の人たちはどうするんですか!?  刀も握った事の無いような女子おなごが隊に入ると知ったら……」


「いや、珊瑚は隊には入れない」


 えっ、と沖田が目を丸くした。


「厳密には珊瑚には、隊の料理係と隊医になってもらう。ちょうど探してたんだ。いいじゃねえか。金もかからねぇし、帰れねェ事情もあるみてェだし。な?」


 土方が珊瑚に目を合わせた。珊瑚は思わず目を逸らしたが、土方はにやにやしたまま珊瑚を見ている。


「なるほど! それは名案ですね!」

 沖田は単純なのか、何なのか――パチンと手を叩いて納得した顔で喜んでいる。さくさくと進んでいく会話についていけず、珊瑚は口を開けてみているしかなかった。


「じゃ、俺は局長に知らせてくるから」


 土方はそう言い残すと、さっさと部屋を後にした。


「珊瑚さん、そういう事でよろしくお願いしますね」


 なにがなんだかわからず、珊瑚はとりあえずそれに頷いた。

 


 ***



「――っと。ここからこっちは珊瑚さんということで、境界線を引きます」


 沖田は、部屋の真中に指で見えない境界線を引いた。


「ぜ、絶対にそちらには入らないって約束しますから安心してくださいね」


 さっきから同じ言葉を何度も繰返している。 珊瑚は笑顔で相槌をうった。なんだかそれを微笑ましいと思いつつ、申し訳ない気持ちにもなる。

 助けてもらった上に、身元不明な怪しさいっぱいの自分を優しく迎え入れてくれるなど、礼を言っても言い切れない。


 珊瑚はその優しさに泣きそうになった。


 沖田が蝋燭の火を吹き消して、辺りは真っ暗にしんとした静寂に包まれた。


 珊瑚は布団の中に顔をもぐらせて、目を閉じるが――



――眠れるわけ、ないんだよね。


 珊瑚は布団の中で溜息をついて寝返りを打った。仕事に嫌気がさして逃げ出したかと思ったら、こんなところにいる。

 それは平成ではなく、江戸幕末の文久三年という未知の世界。


 携帯電話もなければパソコンもない。それ以前に電気も無い。


 江戸幕末といえば、混乱の時代。老若男女問わず、ちょっと武士に体がぶついただけでも言い争い、斬られてしまう――という話を聞いた事がある。

 少し怖い時代だ。


(やっていけるのかな)


 こんなことなら、文系科目もっと勉強しとくんだったな――と、少し後悔した。日本史についてはさっぱりわからず、ここで生かせる知識は何もない。


 珊瑚はそれからもずっと布団の中であれこれと江戸、平成のことを考えた。


 でもやっぱり、最後に辿り着くことは全て同じ言葉だった。


「……帰りたいよぉ」


 何を考えてもやっぱり辿り着く言葉はこれだった。 どんなに嫌な仕事をしなくてはならなくても、やっぱり居場所はあそこにしかないのだと珊瑚は思った。


 

 あの嫌な病院も、なにもかもが急に恋しくなった。



 珊瑚の頬を、大粒の涙が太い筋をつくり流れ落ちる。 そして、布団におち、染み込んだ。

 

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