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それは舞い散る桜のように  作者: ケイ
はじまり
2/11

ここは、どこですか?

――微かに畳の匂いがする。



 珊瑚がうっすら目をあけると、天井の木の木目が見えた。 そのまま目だけで辺りを見回と、薄暗く、部屋の端に蝋燭のようなものが燈っている。

 すぐそばには火鉢があった。どうやら夜なのだろう。


(私はなぜこんなところに……? )


 珊瑚は起き上がり辺りを見回しつつ、自分が気を失う前のことを必死に思い出した。


(勤務中に病院を飛び出して、それで……)


 珊瑚ははっとして、今自分が現世に存在を確かめるように身体、 そして布団、畳――と順に触った。


(助かっちゃったんだ……)


 まあそりゃそうだよね、と思いながら溜め息をつき、悔しいようなほっとしたような心情になった。

 少し頭を動かせば、ズキンと頭が痛んだ。飛び降りた時に打ったんだろう。


 すると障子の向こうから人の気配がしたと同時に、静かに襖が開いた。


「あ、気がつきましたか?」


 妙に髪の毛の長い青年がこちらに話し掛ける。 今時珍しい長髪を高めに一つに結ったその青年は、鋭さと穏やかさを併せ持った瞳を持っていた。薄い水色の着物が、漆黒の髪に良く似合っている。


「よかった、なかなか目を開けないから心配していたんですよ」


 青年は

「今何か温かいものをご用意しますね」

 と言うと、部屋を後にしようと背を向けた。


「あの!」


 珊瑚は青年が部屋を出るギリキリのところで呼び止めると、キョトンとした表情で青年はこちらを向いた。


「あの、私……どうして……?」


「今温かいものをご用意するので、その時色々とお話しましょう」

 青年は笑顔で返すと、静かに部屋を後にした。


 青年が去った後、珊瑚ははぁっと溜息を落とした。 そしてあることに気付く。

 いつの間にか着替えさせられていたのだ。


 白の着物にピンクの帯で、そしてさっきまで着ていた看護師の制服が丁寧に畳んで布団の横に置いてあることに今更ながら気が付いた。

 それに手を伸ばそうとすると、青年が戻ってきて珊瑚は慌てて手を引っ込めた。


「残り物のお粥ですけど」

 青年がお盆にのせた粥を布団の横に一旦置いて、珊瑚に手渡した。

「ありがとうございます」

 珊瑚はそれを受け取りゆっくりと啜ると、

「あったかい……」

 それは凄く暖かく身にしみて、冷めて荒んだ心を解してくれるようだった。


「私は沖田総司と申しますが、あなたの名前を伺ってもよろしいですか?」


 どこかで聞いた事ある名前だと思いながら、

「私は水城珊瑚です」

 と、答えた。


「へえ、珊瑚……今時珍しい名ですね」


 総司はくすっと笑ったが、何故笑われたのかよくわからなかった。


「あの、沖田総司というと新選組の――」

――沖田さんと同姓同名ですよねっと本来ならば言葉が続くのだが、途中で言葉が切れてしまった。 最近ドラマや映画で新選組は有名であるし、テレビでも沖田総司の名はよく出ている。


(職場でも沖田さんが好きだって言ってた人……いたっけ。同姓同名なのかな)


「いかにも新選組一番隊組長の沖田です」

「同姓同名ですね」

「いや、私が新撰組一番隊組長の沖田総司です」


「は?」


 珊瑚は耳を疑って、素っ頓狂な声を出してしまった。


――彼は今何て言いました?


「ですから、私は新選組の一番隊組長の沖田総司です」


 困ったように沖田は言った。

 沖田と珊瑚の間に間があいて、そしてワンテンポ遅れて珊瑚が言った。


「新選組、ですか……?」


 珊瑚は眉を顰めた。新選組というと江戸幕末だが、今は平成時代である。


「え、えーと……」

 珊瑚は言葉に詰まった。

 わけがわからず、珊瑚はとりあえず色々質問してみる事にした。


「えっともしかして……黒船きました?」

「ええ、数年前に」

「今は徳川幕府?」

「ええ、徳川家茂公儀でいらっしゃいますよ」


「念のためお訊きしますけど、今は……何年ですか……?」

「文久三年です」


 珊瑚は目眩がしたような気がして、思わず頭をおさえた。 薄々予感はしていたのだが、どうやらこれは現実だったようだ。


――タイムスリップ。


 漫画のような出来事が今ここで起きている。 珊瑚は自分で自分を落着かせた。

 叫びたい気持ちでいっぱいだったが、もし叫んでしまったら頭の心配はおろか、刀を持っている新選組である――斬られでもしたらたまったもんじゃない。

 先ほどまで死にたくてたまらなかった人間が、斬られる心配をするなど矛盾もいいところだが、ここは黙って頭の中で解釈する事にした。


 今は平成ではなく、江戸時代というわけだ。

 しかもタイムスリップといえば、いつ元の時代に戻れるか分からない……むしろ戻れない可能性の方が高い。


 まだまだやりたい事がたくさんあったな――なんて、珊瑚は今更ながら考えた。 大嫌いだった病院の仕事。なんだかんだで全てを失うと恋しくなるものである。


「珊瑚さん?」


 沖田に名前を呼ばれてはっとした。

「あ……いえ、何でもないんです」

「大丈夫ですか? あまり無理をしてはいけませんよ」


「あっ、そういえば私どうして……?」


 タイムスリップした、のはもうわかった。 問題なのはタイムスリップしたあとどうしてここにいるか、だ。


「川の水の中で、倒れていたんですよ」


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