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ディザスタ  作者: 里崎
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4. Sweet Treat

扉を開ければ――


絨毯敷きの玄関ホールにぺたんと座り込んでいる、白い人形。


てっきり、得意げな笑みと高慢な態度が待ちうけていると身構えていただけに、これには虚をつかれた。


伏せられた顔は、長い髪に隠されて見えない。

俺は一応、形式的な労いの言葉を投げてから、


「で、報酬は何にする?」


と、いつもより穏やかな口調で問いかけた。


俺の会社が梅雨の腕に助けられたのは、紛れもない事実だ。

俺の所有資産額も人脈も生活パターンもコイツには筒抜けなので、どこまでが『できる範囲』なのかをわざわざ説明してやる気はない。必要もないだろう。


だが、俺がコートとジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩め、迷惑をかけた取引先への謝罪回りで凝った肩を回す間じゅう、梅雨は身動きしなかった。


「おい?」


呼びかけても返事はない。

俺が部屋に入ったときはわずかに反応したように見えたが、まさか、座ったまま寝てるんじゃないだろうな。


「おい。悪いが、今日は長居できな」


まだ残っている事後処理の算段をつけつつ、片膝をついて、うつむく顔を覗き込んで――俺は息を飲む。


梅雨は、ボロボロと泣いていた。


「……おい?」


なんでだ。意味が分からない。

女の泣き顔など見慣れているはずの俺は、らしくもなく、酷く動揺する。


盛大に泣きじゃくりながら、か細い声で梅雨が言った。


「……い、いらない……っ」


ない、ではなく、いらない。

ということは、欲しいものがあった、ということだ。


あれだけ喜んだのだ、ないわけはないだろう。

少なくともあの約束のときには、思い描いた『何か』があったはずだ。


嗚咽に震えてうずくまる小さな体躯を見つめ、俺は目を細めた。


よし。ひとまず――


――全力であやすか。


「梅雨」


そっと呼びかければ、ピクリと震える薄い肩。

怯えさせないように腕を回して、引き寄せて、抱きしめる。


「……う、うわ」


梅雨は途端に、こぼれそうなほど両目を見開く。白い顔が花咲くように朱に染まる。その頬を伝う涙をぬぐって、しゃくりあげる背中をなでる。

温度が伝わる。息遣いが聞こえる。


しばらくそうして、ささやかすぎる全体重を俺に預けてきた頃合いで、


「運ぶぞ、つかまってろ」


「……え、わ!」


抱き上げて、リビングのソファまで運ぶ。

鮮やかなオレンジ色のソファにそっと座らせて、乱れたワンピースの裾を整えてやったところで、


「も、もう、充分!」


息を切らし死にそうな顔で叫んで、梅雨は俺の胸を押しのけようと細い両腕をつっぱった。


「……ふぅん、なるほど?」


俺はゆっくりと一呼吸おいて、目を細める。


もう充分(・・・・)、か。


つまり、コレ(・・)か。


「いいぞ、梅雨」


だから俺は言った。


「『できる範囲』だ」


そうっと見上げてくる、不安そうな瞳に微笑んで。

あごをすくって顔を寄せる――


「……っ」


意味は通じた、はずだ。


梅雨が全身を強張らせたのが、背中に回した手の感触から伝わった。

きゅっと引き結ばれる唇。あふれた大粒の涙が、小さな目尻から零れ落ちる。


「……また泣くのか」


「泣いてない!」


ムキになって叫ぶ少女の背を、宥めるようにさする。

からかうのは一時中断。

どう見たって嬉し涙ではない、その水滴をぬぐう。


「……で、どうした」


俺は少女の隣に座る。二人がけのソファがゆっくりとしずみこむ。

うつむいて、両方のひざをすり合わせ、梅雨はぽつりとこぼした。


「で、でもっ、……だって、えにし、キレーなお姉さんが好きなんだろ」


「……なに寝ぼけてる」


「寝ぼけてない!」


盛大な誤解だ。別に俺は面食いでも巨乳好きでもない。

そりゃ、自分のものにするなら、良いに越したことはないが。


「じゃあ鏡がないのか。ああ、確かに見当たらないな」


「なんで鏡?」


「……お前ねぇ」


前にも言った気がするが、こいつ、顔は悪いほうじゃない。

俺がみとれるほどだ。最近の誰より上等だ。


病的なまでの青白さも、細すぎて壊すんじゃないかと思うような手足も、悪くはない。後日気になるようなら、まともなメシでも用意してやれば良い。


あいにくと、好きな女を甘やかすのは苦ではないし、嫌いでもない性分だ。

さて、まずは――この頑なな小娘に、それをどうやって説明するかだ。


「俺は外見を重視するほうじゃあないぞ」


俺が相手に求めるのは、同レベルとはいかないまでもある程度は俺の思考レベルについてこれて、ウィットに富んだやり取りや気兼ねなく仕事の話ができる頭脳だ。商売女も含め。


その点においてコイツは、及第点どころか諸手を挙げて喜びたいほどの逸材だろう?


「うそつき、どんだけさかのぼっても総合容姿指数(CFI)30以上で体格指数(BMI)18以下でEカップ以上の」


「……お前の辞書には、モラルやらプライバシーと言う言葉はないのか」


日常会話は壊滅的だし、それ以外は何かと不安な面のほうが多いが。

心配せずとも、じゃじゃ馬の飼い慣らし方はそれなりに心得てる。今までは飼おうとしてなかっただけだ。

(この甘い目論見が木っ端微塵に砕かれるのは、もう少し先の話だ)


「俺の改心っぷりは、お前が一番良く知ってるだろ?」


昼間の口ぶりからすると、どうせ相変わらず俺のプライベートも見てるに決まってる。

案の定、


「……ううう」


と後ろめたそうな返事。

俺は鼻から息を逃がして、うつむく頭にぽんと手を置いた。


「でも、まぁ、そうだな。信じられないなら待つだけだ。そのうち、お前が納得したらOKしてくれ。それでいいか?」


数秒黙り込んだ梅雨が、「やだ」と呟いて、俺の服のすそをひっぱった。


「……さっきの、」


「ん? 付き合うか?」


ぶわっと顔を赤くする梅雨が、小さくうなずいたのを確認して、


「でもお前、さっきまで悩んでたのはいいのか」


コクリと神妙にうなずく。


「ん。時間のムダ」


「……おう、そうか」


さすがは合理主義(なかま)


ソファに広がる毛先をすくいとって口付ける。

我ながらキザだと思うが、効果はてきめんらしく――たちまち赤面して呼吸を止める梅雨。


俺は笑って小さな頭をなでて、最上級の愛の言葉と、


「覚悟しろよ」


と囁いた。

2017/10/6・2018/1/28 加筆修正

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