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ディザスタ  作者: 里崎
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1. Disaster Starts

挿絵(By みてみん)

作:しょ-たろ(TwitterID:@sh0tar08)さま

「災難だったな!」


その日、いつもの居酒屋で顔を合わせた第一声は、全員もれなくこの一言だった。

続く同情と労いの言葉には、どことなく嬉しそうな声音がにじむ。

ざまぁみろ、とでも言うような。


俺がそれに言及すると、「当然だ」と頭をこづかれた。


「昨年もまぁかわいくねぇ決算出しやがって。あんな強気の業績予想出しやがったときから、ずっと見たかったんだ、お前のこーんな顔」


「……ああ、低能経営者どもの、見苦しい嫉妬か」


ここにいる相手は全員数世代上だが、もう数年来の付き合いになるから、俺は遠慮なく呟く。

今度は肩甲骨のすぐ下にヒジが入った。


テーブルに手を付いてうめく俺の鼻先に、ふわふわと流れてくる半透明の球体。その浮遊情報(フローティングアーカイブ)の見出しには、今朝方、通貨損失で大打撃を受けた某有名ベンチャーの名。

俺の会社だ。


「乾杯!」


にぎわう店内の喧騒と張り合うように、号令とともにグラスが打ち鳴らされる。


この飲み会は、一応、俺の慰労という名目だが、その実、憂さ晴らしの一環だ。気落ちしている俺をよってたかって笑いたいだけだ。

このオヤジどもは、先の見えない経済競争の海で溺死する前に、一瞬だけ、経営者としての顔を忘れて騒ぎたいだけなのだ。


あれ(・・)は儲かってる証拠だからな、むしろ喜べ」


身勝手で他人事極まりない励ましに、俺は飲み干したグラスを置いてため息をつく。

今日一日、後処理に走り回った疲れがどっと押し寄せてきた。


箸を持つなり、産地直送(ノンストップ)で運ばれてきたお通しが各人の前で静止する。皿を覆っていた白い冷蔵傘がぱっと霧散して消える。


「いやしかし、お前もこれで、ようやく俺たちの仲間入りか」


「……あれを基準にするなよ」


不愉快な言い方に、俺は眉間のしわを掻きながら呟く。

次々に否定の声が上がる。


「いや、じつにカッキリした指標だよな」


「どこだったか、通過儀礼(イニシエーション)と報じてたぞ」


うまいな、と肴をほおばりながら言うもんだから、一体どっちについての形容なのか分からない。


「勿体ねぇよな。あれだけの腕があったら、間違いなくFやDCあたりから声かかってるだろ」


FやDCというのは、名だたる大財閥を指す隠語だ。

そいつらに雇われさえすれば、いま()がチマチマとくすねてるはした金なんて、一瞬で稼げるだろう。


なぜ、そうしないのか。


「ものすごいガキなんじゃないかって噂あるよな。経済指標(すうじ)と機械語はネイティブ並にぺらっぺらだけど、法律やらメッセージやら、ヒト用の通常言語はまるで読めないっつう」


「ははっ、んだそれ」


俺の隣に座る男が酒を傾けつつ、赤ら顔で笑い飛ばした。




俺たちが話しているのは――

かつてこのオヤジどもの会社を、そして今朝は俺の会社の財務システムをハッキングして、資産の一部である電脳通貨を強奪していった生意気なハッカーのことだ。

HN(ハンドルネーム)は『VAIU』。

事前にある程度備えておくことはできるが、襲われたら最後、嵐が過ぎ行くまで打つ手なし。

そんな由来から、付いたあだ名は《天災(ディザスタ)》。


登場時こそ世界中の企業を震撼させたが、ある程度暴れ回ったあとはすんなり標的を移すことが分かると、世界的に結託して対抗するという話は次第に消えていった。

今やまるっきり、『新入りの優良企業に必ず降りかかる洗礼』扱いだ。



宴もたけなわ、俺の会社の今後の進退について好き勝手に騒ぎ立てるオヤジども。

それを眺めて酒を舐めつつ、俺はぼやいた。


梅雨(VAIU)が、いつから天災(ディザスタ)なんて大仰なものになったんだ」


「おいおい、雨を舐めるなよ?」


「ややこしいな、どっちの話だ」


高尚気取った酔っ払いの話は面倒くさい。


「ま、今回は災難だったな。犬に噛まれたと思って忘れろ」


忘れる? 何もしないまま?

ムッとして、俺は思わず言い返した。


「俺がアレをどうにかする、という可能性は考えないのか」


一同がきょとんとなる。赤ら顔に一斉に笑われた。

慰めるように肩をたたかれ、ついでにのしかかられる。重い。


「やっぱり若いな! お前ならどうにかできなくもないかもしれないが……意味のないことはやめとけよ」


間近でわめかれて、酒臭さに顔をしかめる。


「ちょっとヒドい感冒(カゼ)みたいなもんだ。一過性って分かってんだから、わざわざ手間かける必要もないだろ」


「そうそう。お望みのところまで通貨損失させたら勝手に引いてくんだから、引き伸ばすほうが損だ」


そこまで下がるのを指をくわえてみているのが許せない、と言い返したら、きっとまた青い若いと笑われるのだろう。


それが分かったから、俺は黙ってグラスをあおった。



***


帰宅するなり、俺は最新鋭の端末を引き寄せた。今朝の騒動の直後に取り寄せておいたものだ。

『WELCOME』と表示された、揺らめく三次元ディスプレイ。

その中に、グラスを持ったままの右手を突っ込む。


ぶわっと広がる羊水のような液体が、俺の全身を包む。

(そんな感覚だけだ、実際には何も起きちゃいない(・・・・・・・・・)。)


『Full-VirtualVisualize completed』

『総仮想可視化、完了』


二言語の電子音声が平坦に告げ――


七色にまたたく情報粒子が一瞬で近づいてきて、流れ星のように闇を駆け抜けた。

俺の身体があるはずの(・・・)場所を、無数の光がすり抜ける。


うっすらと蒼みがかった暗闇の中に浮かぶ、半透明の白い直方体。


呼び出したのは、自社システムのログだ。

白くほのかに明滅する、その光の結晶に手を伸ばし、俺は《天災(ディザスタ)》に荒らされた形跡をもう一度確認する。


「増えてはいない、な」


法律やら治安なんてものがマトモに機能しなくなったこの世界で、自衛できる奴が自衛しないのは、ただの過失。自己責任。

他人の財布へのハッキングや電脳通貨の奪い合いなんてものは、実力と才能で他人の資産を奪っていく経済競争と、何の違いもない。


それが、この世界の常識だ。


――「俺がアレをどうにかする、という可能性は考えないのか」


そして、宴席でのあの言葉。

俺は、負け惜しみや苦し紛れで言ったつもりはない。


「久しぶりに、俺を怒らせたな」


子どもじみた、極度の負けず嫌いだという自覚はある。

相手が世界有数の天才ハッカーだからといって、自分の領域が侵されているのを黙って見ているのは性に合わない。


俺は、指の関節をぱきぱきと鳴らして、光の直方体に触れた。


「覚悟しろよ」


2014/9/16 着想

2017/10/6・7 加筆修正

2018/1/7 加筆修正

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