帰宅部です
チャイムが鳴った放課後の始まりだ。
「よぉ川崎。部活決めたのか?」
前の席に座っている、ツンツン頭が特徴的な男子生徒の蒲田が話しかけてきた。
入学したての川崎大嗣は入部する部活を決めている最中だった。
「いやまだ決めてない」
いや、この場合決めていないというより、決めようとしていないと言った方が適切であった。なぜなら、瞬は部活に入る気はなかったからだ。
「蒲田は決めたのか?」
「俺は軽音部だぜ!イケてるだろ?」
蒲田はギターを弾く素振りをしながら言ってきた。気分はすでに人気バンドの一員のようだ。
「イケてるし、似合ってるな」
「だろ?お前もどうだ?お前イケメンだしイケると思うんだけど」
「俺は遠慮しておくよ。あまり興味ないし、別にイケメンじゃないし」
「そうか?まぁ気が向いたらいつでも来いよ」
そう言うと蒲田はカバンを持ち席を立った。
「じゃあ、俺は部活行ってくるよ。じゃあな」
「ああ、また明日」
蒲田は笑顔で教室を出て行った。
高校生活を最高に楽しんでいる。そんな蒲田の姿を羨ましそうに大嗣は見ていた。
「俺もそろそろ帰るか」
しばらく本を読んでから大嗣は席を立ちあがり教室を出た。
廊下にある掲示板には色んな部活のポスターが貼ってある。特に興味があるわけではないが一通りそのポスターを眺める。
「どうしたの?」
突然背後から声が聞こえ、大嗣は驚き体をビクッとさせてしまった。
「おうっ!びっくりした。平島か」
そこにはクラスメイトの平島和が立っていた。小柄の体にフワフワな髪の妹のような少女だ。
「そんなにびっくりしなくても・・・」
むっとした表情を浮かべながら平島は言った。
「ごめんごめん・・・」
「気にしてないから・・・」
「それダウト!」
気にしないと言いながらも頬を膨らませソッポを向いてしまった平島にすかさず大嗣はツッコんだ。
「まぁ冗談は置いといて、どうしたの?部活のポスターなんか見て。部活入ってないの?」
「ああ、俺は帰宅部だからな」
「そうなんだ。じゃあ、私と一緒だね」
笑顔で平島は言った。その顔を見て思わず大嗣はドキッとしてしまった。
「そ、そうなのか?」
「うん。でも私は他にやる事があるから部活をやる時間がないの」
「なるほどな。俺と同じようで違うんだな」
「どういう事?」
首を傾げて平島は訊いてくる。
大嗣は決して身長は高くないが平島が小柄なため二人の身長差は結構ある。そのため平島が小首を傾げ大嗣の方を向くと良い感じに上目使いになりかなりかわいい。
「ああ、俺って自分で言うようなことじゃないけど、どんなものもある程度できてしまう器用な人間なんだ」
「本当に自分で言うようなことじゃない」
「う、うるさいな・・・」
恥ずかしくなって大嗣は顔を赤くした。
「で、せっかく器用で何でもできるんだから、部活で一つのことをやるんじゃなくて何にも縛られず色んなことを自由にやろうと思ったんだ」
「へ~良いと思うよ」
優しく微笑みながら平島は言った。
「本当にそう思ってるか?」
「本当だよ!私を信用してないの?」
「ははは冗談だよ」
「も~、ってもうこんな時間か。私もう行かなきゃ」
「ああ、じゃあまた明日」
「うん、じゃあね」
手をブンブン振りながら平島は走り去って行った。
「俺も帰るかな」
大嗣も歩き始めた。
その時。
「ドロボ~~~!!」
背後から女子の声が聞こえた。そして、その声を聞いて大嗣が振り返るとほぼ同時に謎の黒い影が大嗣の横を通り過ぎて行った。
「は?何だ?」
大嗣は訳が分からず固まっていた。
「そこのイケメン君。あのドロボーを捕まえてくれないかな?」
被害者と思われる女生徒が大嗣に言ってきた。なぜかその言葉は棒読み気味で表情も楽しそうだ。
「ドロボーって・・・あの律儀に追いかけてくるのを待ってくれてる人がですか!?」
黒装束に風呂敷、そして髭。一昔前のギャグ漫画に出てくるようなドロボーの格好をしている男がこちらの様子を窺いつつ十メートルほど離れた場所で走る準備をしているのを指さして大嗣は言った。
「そうだよ!どっからどう見てもドロボーでしょ?」
「いやいや、ドロボーがドロボーに見えちゃダメでしょ」
「いいから行けーーー!!」
ねちねちツッコむ大嗣にイライラしたのか女生徒は急に怒り出し叫んだ。
「は、はい!」
その声に促され大嗣はドロボーを追いかけはじめた。それを確認してドロボーも逃げはじめる。
「ま、まて~」
何だこれ?何だこの茶番?
大嗣は訳の分からないまま走り続ける。しかし大嗣とドロボーの走るスピードはほど同じ、なかなか差が縮まらない。
しかし次の瞬間、大嗣の横を誰かがすごいスピードで追い抜き、ドロボーに迫って行った。
「あ~~じれった~い」
「グエッ!!」
その誰かはドロボーに追いつくやいなや強烈なとび蹴りをドロボーに食らわせた。
そしてその誰かとはさっきまで大嗣にドロボー確保をお願いしていた女子生徒であった。
「えええええぇぇぇ~!!」
大嗣はその光景を見て、ただただ驚き声を上げた。
蹴飛ばされたドロボーは完全にノックアウトされている。
「な、何してるんすか?」
「何か・・・飽きた」
「えええええぇぇぇ!!?」
ドロボーと言うのが自作自演の茶番劇であることに気付いていたが、それを飽きたからと言ってとび蹴りを食らわすことに大嗣は驚いた。
しかもそれを女生徒はさも当然とばかりにキッパリと言ったのだ。
「よっこらしょ」
女生徒は伸びているドロボーを抱えた。
「だ、大丈夫なんですか?その人」
「大丈夫だよ。いつものこと」
いつものこと?
大嗣は女生徒の言葉に恐怖を感じたが、あえてツッコまなかった。自分も同じ目には会いたくなかったからだ。
「何をしてる?君も来て」
「え?」
女生徒に連れられて大嗣は校舎四階の最奥の教室にやってきた。学校の最果てで薄暗く誰も寄り付かないような場所でこの教室も使われていない様子だ。
「帰ったぞ~」
仕事帰りの親父のような仕草で女生徒は教室に入って行った。
「おかえり~」
「どうだった収穫は?」
中から数人の声が聞こえる。
「ああ、一人捕まえた。入ってきて」
呼ばれた大嗣は女生徒に続いて教室に入った。
教室の中は机が片付けられていて広々としていた。長机が二つあり六つほどイスも用意されている。さらに教室の半分にはどこから持ってきたのか畳が敷かれていて大きいちゃぶ台までもが置いてある。
そして今は長机の周りに数人の生徒が座っていた。
「お~イケメン君じゃないか~」
ハイテンションな女生徒が大声で言った。
「あれ?川崎君じゃないっすか~」
大嗣も見覚えのある同級生の女子生徒がいた。彼女もまた嬉しそうに笑っている。
「な、何ですかこの集まりは?」
「いいからここに座って」
畳の場所にドロボーを横にして女生徒は、混乱している大嗣を空いてるイスに促した。
「あ、あの~俺は部活とかに入る気はないんですけど」
とりあえずイスに座り大嗣は言った。
「うん、知ってるよ。私たちも入ってないし」
ハイテンション女子もはっきり言った。
「はい?どういう事ですか?じゃあ、この集まりは?」
「そうだね~強いて言えば・・・・帰宅部かな」
たっぷり溜めてハイテンション女子は言った。
「・・・・・帰ります」
大嗣はガラッとドアを開けて教室から出ようとした。
「ちょーーー待って!なんで?」
「何でって・・・俺は帰宅部としてその仕事を・・・・」
振り返った大嗣の目には恐ろしい光景が写りこんだ。
目の前にすでに女生徒の膝があったからだ。もちろんその膝の持ち主は先ほどドロボーにとび蹴りを食らわせた女生徒の物だ。
「待て~~!!」
「ぐわっ!」
大嗣の体に女生徒の膝蹴りが完璧にヒットした。
「な、何するんですか!?」
「いいから入れ」
「・・・はい」
この人に逆らってはいけないと大嗣はそう判断した。と言うか今の女生徒の顔を見て「帰ります」と言えなかった。
「私たちは部活に入らないで自分たちのやりたいことを自由にやろうって集まりなんだ~」
「え?それって・・・」
そう、この考えは大嗣の考えそのものだった。
「君の考えと同じだろう」
「え?何で知ってるんですか?」
大嗣は考えが読まれてるんじゃないかと怖くなった。
「いや、さっき君が可愛い女子生徒に熱く語ってるのを聞いたんだよ」
「何聞いてるんですか!?しかも熱く語ってないです!」
「いやいや話を聞いたのは偶然だよ。仲間探しで校舎内ウロウロしてたら君がいて話を聞いた」
「そして、あんな茶番劇をして、俺をここに連れ込んだ?」
「そういう事!」
よく分かったね。とでも言うかのように親指をグッと立てて暴力女生徒は言った。
「そういう事!じゃないですよ・・・」
呆れ気味に大嗣は言った。
「まぁまぁ、君も色んなやりたいことがあるならこの教室使って皆でやろうよってこと」
ハイテンション女子が二人を落ち着かせるように言った。
「ここにはいろいろあるっすよ。飲み物も食べ物もい~っぱい!」
コーヒーを大嗣に与えながら同級生の女子は言った。
「うまいな」
一口飲んで大嗣は言った。
「でしょ?私はコーヒーを淹れるのは得意なんですよ」
得意げに同級生女子は言った。
「まぁ、家でやるのとここでやるのとの違いですから、みなさんに付き合うのは良いですよ」
大嗣は皆の説得に負けてとりあえずこの集まりに付き合うことにした。しかし、説得に負けたというよりこれは隣に座る暴力女子の威圧感に負けたとでも言った方が適当ではあった。しかしそれを言ってまた蹴られてはたまらないので黙っておくことにした。