第二十話 セツナと
大雪境の城内の一室では、暖炉の火が盛んに燃えていた。
シソウはセツナを後ろから抱きかかえていた。腕の中にすっぽりと彼女が収まっていると、その矮躯で大きなものを背負っているのだと実感する。初めはセツナも恥ずかしがっていたものの、今では心地好さそうにしている。
「シソウ、あのぼいらーとやらはすごいのう。我らの一族は炎の魔法は使えぬが、いとも容易く湯を作ることが出来るではないか」
「お褒め頂き光栄です。ところでセツナ様、空気は断熱性が高いので、二重窓にすれば部屋が冷えにくいですよ」
セツナは楽しげにシソウの話を聞いていた。シソウはこの大雪境に来た時から気になっていたのだが、どの家も二重窓になってはいない。それはガラスの普及が遅れたことなども起因しているのだろうが、雪国の出身であるシソウとしては疑問を感じずにはいられなかった。
では左様に伝えておこう、とセツナは提案を受け入れた。そうして二人の時間は過ぎていく。急な来訪だというのに、セツナは一日シソウに付き合ってくれた。
夕食のときには、セツナの親族が集まって二人の関係を祝福した。シソウは大雪境における実績は十分にあったので、急にやってきたよそ者という扱いではなく、以前世話になった恩人といった感じであった。
彼らは以前シソウが来た時の話をしたり、たまに二人を冷やかしたりしていた。そうして夕食を終えて風呂なども済ませ、さあ寝ようと思ったところでシソウは何処に泊まればいいのかを聞いていなかったことに気が付く。
セツナの部屋を訪れると、彼女は寝る用意が出来ているのか、普段の華美ではないものの華やかな長着ではなく、簡素な長襦袢のような衣服を纏っていた。どこか儚くも美しいその姿に、シソウは目を奪われた。
シソウが突っ立っていたのでセツナは、はよう入れと促した。シソウはセツナの隣まで行くと、彼女の真っ白な髪は一度だけ揺れた。彼女も風呂上りなのか上気した頬が艶めかしく、そして瑞々しい肌は珠玉の美しさにも引けを取らない。
セツナはシソウに体を持たせかけた。彼女の体を隠すものは襦袢しかないため、その柔らかさが伝わってくる。そして吐息の孕む熱は感情を揺さぶる。シソウは彼女の立場を考慮して一線を越えるつもりはなかったのだが、セツナに服の裾をつまみながら上目遣いで見られると、理性はどこかに行っていた。
二人は接吻を交わし、ベッドに転がり込んだ。
シソウは目覚めると、隣の少女はまだ真っ白な肌を曝け出していた。それは白銀の髪と相まってなおさら美しい。あれから何度か抱き合っているうちに、そのまま寝てしまったのだろう。
セツナが寒くならないようにとシソウはその体を抱きしめた。すると彼女は身をよじって、シソウの方を向いた。そして朝から元気じゃな、とシソウをからかうのである。それから彼女は身を起こした。
二人は着替えを澄ませ、ようやく朝食を取りに向かった。ぎこちなく歩くセツナの手は、シソウにしっかりと握られていた。
朝食を澄ませながら、セツナは今後の予定を尋ねた。シソウは正式な婚姻までに世界を見て回りたい旨を告げる。セツナの方も、大雪境の情勢が不安定な中で式を挙げるのは望ましくないとそれを了承した。
それから数日、二人は蜜月のように互いを求め合い、その欲求を満たした。そして暫しの別れだと、シソウが旅立つときにセツナは笑っていた。いずれ戻ってきますよ、とシソウが言うと、セツナはすぐに戻るのじゃ、と頬を膨らませた。
そしてシソウは大雪境を出る。今度の目的地は、南東のウェルネアである。それを経由して、帝国領を除く最後の一国である、ウェルネアの帰属する国マハージャへと向かうことにしたのだ。
そろそろ研究所の方も長期間の休みの半ばを過ぎる頃であり、その終了以降は自由な行動が制限されるだろう。最後の冒険になるかもしれないと、シソウは歩き出した。
大雪境からウェルネアに近づくにつれて気温は上昇し、魔物の種類も変わってくる。しかし魔の領域からは遠いこともあって、陸に強力な魔物が出るということは無かった。そのためシソウは街道を一気に駆け抜けて、すぐにウェルネアに到着した。
とりあえず顔を出しておくか、とシソウは船着き場に向かった。シソウが製作した船はそこにはなく、話を聞いてみると丁度東の大陸へと向かったところだそうだ。また、それによって安全性も高まり、出港の頻度も上がったとのことだった。
シソウは高速船を作れば、より簡単に行き来できるのではないかと思う。国交を持つには重要な人物が乗ることになるため、出来るだけ危険を少なくする必要があり、そしてそれには短期間の航行が肝要である。
そのためにコストを度外視することはさほど問題にはならない。シソウはウォータージェット推進の船でも作ればいいのではないかと考え始めた。スクリューによる推進力を得ている今の船の倍近い速度まで出すことが出来るだろう。
そしてこの世界特有の魔力特性を用いれば、それを更に上回る物を作ることも可能かもしれない。そうなれば数時間で行き来できる身近な関係も不可能ではないだろう。しかしそこまで考えて、そもそもそんな時間は自分にはないだろうと諦めるのだった。
それからシソウは前はマーシャと来たな、と思い出した。そしてセレスティアも訪ねてきた、と。ここ一年ほどで、シソウを取り巻く環境は大きく変わった。アルセイユでの立場を得て、そして各国に認められ、今は可愛らしい婚約者さえもいる。
元の世界と比べるとあまりに変わりすぎて、現実味がないほどだ。そしてこれからも変わっていくだろうし、変える予定もあった。シソウが権力を求めるのには、理由がある。
アルセイユの貴族たちはテレサの推薦もありシソウが理事長の職を離れるとは考えてはいない。しかしシソウはアルセイユに留まる必要はないのだと彼らに感じさせる必要があると考えていた。
もちろんシソウ自身アルセイユを離れる気はなかったが、そう思わせることで他国同様に、彼女との婚姻も可能になるのではないか、と打算を働かせるのだった。
こうして自由に旅を出来るのさえも最後になるのかな、とシソウは少々寂しく思ったが、素敵な女性との生活はそれ以上に喜ばしいものだろう。こうしている暇はない、とシソウはウェルネアを出て、南に向かった。
これから先は、まだ行ったことの無い土地である。何があるかは分からず、文化も異なる。しかしそれが面白いのだと、シソウは興奮していた。