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第十八話 魔の領域

 シソウは魔の領域に足を踏み入れてから、一か月近くが経った。既にレベルは60を超えている。ボスと呼ばれる魔物に匹敵するほどの力を持つ魔物が、しばしば現れたせいだ。そのため緊張の糸が切れた瞬間に死ぬような場所であるということを強く認識させられるのであった。


 そして今日も、更なる奥地を目指してシソウは魔の領域に入っていく。濃い魔力にも慣れて、それによる違和感を覚えることは無くなっていた。その中でも普通に魔物の気配を感じることが出来るのだ。


 シソウは飛び出してきた狼の魔物を気にすることなく、軽々と斬り捨てた。この程度の魔物にてこずるようであれば、まだここに来るのは早いのだろう。来たばかりの頃は少々手間取ったが、暫くするとすぐに対処できるようになった。それは技術的な問題ではなく、気持ちの問題であろう。


 今は余計なことを考えることなく、ひたすら生き延びることを最優先にしている。そうしなければ、勝てない魔物に無謀な戦いを挑んで死ぬことになるからだ。ここを踏破するまで、死ぬわけにはいかない。


 シソウは更に深く進んでいく。やがて、更に土地の魔力が強くなった。途端、真っ黒な四足獣が現れた。シソウは咄嗟にナイフを投擲して牽制する。魔物はそれを見て躱すことさえしなかった。


 ナイフは魔物にぶつかると甲高い音を立てて弾かれた。魔の領域にいる魔物は、魔力を扱う。恐らく、この魔物の特性は『硬化』だろう。それ相応の武器をもってして挑まなければ、傷一つ付けることさえ難しい。


 周囲に他の魔物も見当たらない。まだ逃亡する必要はないと判断して、シソウは四足獣の側方へ回り込む。敵はすぐさまシソウに向き直って、威嚇とばかりに素早く一歩身を乗り出した。


 シソウはその分だけ後退し、獣が一歩下がるとシソウも一歩前進した。それから敵は思い切り飛び掛かった。シソウはタイミングを見計らって盾を『複製』して魔力を通し、『硬化』『質量増大』の特性を発揮させる。


 そして敵の攻撃を受け止めると、盾を上方に突き出した。それから金剛石の刀を『複製』し、片手で盾を押さえたまま、がら空きの胴体を切り付けた。軽くその表面を切り裂くと、獣は弾かれたように飛び退いた。


 シソウはその隙に刀を投擲した。それは狙いを過たず、獣の肩辺りに突き刺さった。それによって前足が一本使用不能になる。シソウはすぐさま飛び掛かり、もう一本複製した刀で切りつけた。


 獣は頭部に迫った刀を見て、回避より耐えることを選択した。シソウが振るった刀は、敵の頭部を僅かに切り裂いて、そこで折れた。靱性の低い金剛石の刀は、硬化の特性を持つ魔物と相性が悪かった。


 シソウは水色の槍を『複製』し、呻く獣へと地を這う氷の槍を生み出した。それは獣の脚をしっかりと固定し、逃げられないようにする。その隙に背後へと回って、大斧を『複製』して全力で振り下ろした。


 魔物はまたもや、逃げることより耐えることを選択した。シソウもそれを理解していたので、ひたすら力を込めて獣へと斧をぶつけた。シソウは斧から伝わってくる衝撃で手を離しそうになりながらも、それを辛うじて堪える。


 そして獣の胴体は、打ち砕かれた。途端、魂と膨大な魔力が流れ込んでくる。敵のレベルは60ほど。ここが今のシソウが行ける限界だった。これより先に行けば、どのような敵が出て来るかは分からず、そして今以上の有効な武器が無ければ太刀打ちできそうもないのである。


 シソウは周囲の警戒をして安全を確認した後、獣の上に腰を下ろした。魔の領域の魔物は、あまりにも魔力が濃い土地で育ったためか、食用には使えず、そして死亡した後は少しずつ朽ちていくため素材としても使うことが難しい。土地の強い魔力によって発生するようなものではなく、ごくまれにこの土地に固有の魔物もいるそうで、それは素材としても使えるようだが、シソウはまだ遭遇したことは無い。


 体に異常がないことを確認すると、シソウはそろそろ帰るか、と腰を上げた。そして街へと歩き出そうとしたとき、急に接近してきた魔物を感知した。振り返りながら咄嗟に後方へと跳躍する。


 その判断は正解だったようで、シソウの眼前には巨大な虎がいた。振るわれる腕を盾を『複製』して受け止めると、その強力な反動で後方へと大きく吹き飛ばされた。撤退か交戦かを瞬時に比べて、敵の方が移動が速いことから戦うことを選択する。


 すぐさま敵を見ると、既にシソウへと駆け出していた。出し惜しみをする余裕などなく、シソウは水色の槍を『複製』して、氷の槍を敵目がけて一斉に撃ち出した。しかし魔物はそれを容易く回避した。


 近づいてくる敵に対する、有効な素早い攻撃手段はなく、シソウは苦し紛れに無数の氷の槍を前方に生み出した。上方へと高くそびえ立つように生まれた氷は、敵を阻む壁となる。


 シソウはこれで時間は稼げると判断して、敵から目を離さずに後方へ跳躍しながら距離を取る。出来ることならこのまま逃げてしまおうと。


 しかしそんなシソウの期待は裏切られることになった。大型の虎が口を開けるとそこに魔力が集中し始めた。それはシソウがこれまで見て来たものと類似しており、しかし敵が使うのは初めて見るのであった。


 魔法。シソウがそう判断した瞬間、業火が吐き出された。前方の氷を一瞬で溶かし、シソウへと迫ってくる。咄嗟に生み出した盾の影に隠れるが、直撃は避けたもののあまりにも巨大な炎はシソウの体を焼いた。


 その痛みを堪えながら、シソウは立ち上がる。敵はすぐ傍まで迫ってきていた。そして逃げる獲物を追う様に、必死で迫ってくるその姿から警戒を見て取ることは難しかった。

シソウはそれを好機と見て、身代わりのミサンガを『複製』し、敵へと『加速』した。その衝撃で全身は引き裂かれるようだったが、それを気にする余裕はない。


 敵に一瞬の躊躇が生まれた。振るわれた前足を受け止めるとミサンガは切れていく。そしてしがみ付いたまま手中に水色の槍を『複製』して、敵の胴体へと一気に氷の槍を生み出した。敵を貫く氷の槍は本数をさらに増やし、下半身を捉える。


 シソウはすぐに振り払われ、虎は体をねじって後方の氷目がけて炎を吐くための魔力を集中させていた。シソウはすぐさま跳ね起きて、金剛石の刀を『複製』して虎の首を切り上げた。


 一気に血が吹き出し、巨大な頭が地に落ちる。魔法が使える者は身体能力が高くない。それは魔物にも適用されるようで、素早さこそ高いものの強度はなかった。そしてシソウを翻弄出来るほどの身体能力を持つことからも、相当レベルが高いことが窺える。


 およそレベル70弱。これが身体能力に特化した魔物であれば、シソウは死んでいたかもしれない。今まで以上に膨大な魔力が流れ込んできて、傷ついた体も強化されていく。しかし傷が癒えることは無く、全身に負った火傷は相当なものだろう。


 シソウは倒れている大型の虎が朽ちていく様子が無いことから、この土地固有の魔物なのだと判断した。恐らく、この領域の奥に生息している魔物だろう。どうやら次に出て来る敵は魔法が使えるらしい。


 シソウはその死骸を担いで、帰途に就いた。門番とも慣れたもので、彼らはシソウが通ることについて何も言わなくなっていた。虎の死骸を見て彼らは悲鳴を上げたが、既に死んでいることを説明すると安堵した。


 それからシソウはさっと毛皮を剥ぎ、余った肉は焼却した。立派な毛皮はそれほど損傷しておらず、高値が付くことだろう。残念ながら、魔法を使用するための器官は特に見当たらず、どうやら肉体が発するものではないようだった。


 シソウは治療施設に行くと、火傷の治療薬を塗布された。それから宿屋に戻ると、もう動く気もせず眠り込んだ。



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