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第十六話 セレスティアと

 刃は容易く魔物を切り裂いた。シソウの眼前に転がるコボルトを見ていると、この世界に来たばかりの頃を思い出す。あの時は弱く、けれど純粋に強くなることに喜びを見出していた。シソウは心なしか頬を緩めていた。


 それからシソウは駆け出し、やがてルナブルクに到着した。特に用事はないのだが、近いうちに行くと約束したのだから、とシソウは城に向かった。その途中、シソウが初めて刀を買った『宝刀堂』を訪れた。


 店主は相変わらず愛想が無かったが、シソウを見ると驚いたようだった。


「兄ちゃん、駆け出しだったのが随分偉くなったなあ。今じゃすっかり時の人だ」


 そうなんですか、と相槌を打ちながらシソウは店主の話を聞いていた。どうやら彼が思っていた以上に、シソウの行為による経済効果は大きかったようだ。店主はそれからシソウの噂を語っていくが、未来人だとか実在の人物ではないとか、根も葉もない噂さえあった。


「俺はただの冒険者ですよ。あ、今は研究所の理事長か」

「まあ何でもいいさ。金があるんだろ。何か買ってくれよ」


 シソウは『片刃 魔力8金剛石 切断 金貨120枚』と書かれた張り紙がまだあるのを見て、安心した。一年以上隔てて購入した金剛石の刀は、何一つ変わっていなかった。


 それから城に辿り着くと、通してもらうのは難しいかと思っていたのだが、門番はすぐに彼を案内した。それから客室ではなく、王族の住む屋敷へと直接案内されることになった。


 城内の敷地を馬車で移動しながら、やがて見えてきた屋敷の前では、セレスティアが待っていた。彼女はシソウを見ると、微笑みながら手を振った。


「シソウ様、来てくださったのですね」

「ええ。ティア様との約束、たがうわけにはいきません」


 大げさに言うシソウに、セレスティアは笑った。花咲く様なその笑顔を見ていると、シソウもつられて笑顔になってくる。それからシソウはルナブルク国王ザインに謁見することになった。


 正式な場として会うわけではなく、応接間でただ会うというだけなのだが、シソウはいつになく緊張していた。今回は、セレスティアに会うための大義名分が一切ないのである。


 シソウの隣にいるセレスティアはそんなシソウの様子を見て、シソウの手に自分の手を重ねた。緊張していたシソウは、小さく呻き声を上げてしまい、セレスティアはおかしそうに笑った。


 こんな様をザインに見られてはまずい、とシソウはその手を除けようとするのだが、セレスティアにやけに寂しそうな顔をされると、それは出来なかった。


 そうしていると、やがて扉が開いてザインが入ってきた。それから二人の姿を認めると、苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。シソウは心臓が縮み上がる思いであった。


 しかし彼は二人の様子について何かを言うことはなく、ただよく来てくれた、と歓迎の挨拶をするのであった。シソウはそれが却って無気味に思われて、ますます居心地悪い思いをするのだった。


「シソウ殿の名声はこのルナブルクでも聞き及んでいる」


 シソウは何の事だかよく分からず曖昧な返事をした。それを聞いたセレスティアは、シソウが製作した品々のことだと付け加えた。シソウはこれまで他国への普及具合をそれほど見てきたわけではなかったので、それほどまでに有名になっていたのか、と我ながら感嘆した。それからルナブルクの鍛冶屋でも同じことを言われたな、と思い出した。


 それからもザインは話を続けていくが、シソウは妙に持ち上げられて、どう返事をすればいいのかもわからなかった。最後にザインは立ち上がって、二人を一瞥すると少し寂しげな表情を浮かべてから去った。


 シソウの感想としては、何だったのやら、というものが大部分を占めていた。また、シソウは今晩は泊まっていくように言われていたので、一日を城で過ごすことになった。せっかくなので案内しますよ、とセレスティアはシソウの手を取った。


 豪華な馬車の中から、城内の敷地を眺めていく。そこでは騎士や兵士だけでなく、貴族たちも活発に動いていた。誰もが自分の仕事を熱心にこなし、国のことを考えている。ルナブルクは大国である。シソウはそれをより実感することになった。


「あれはシソウ様がお作りになられたのですよね?」


 セレスティアはある屋敷の隣にある小屋の中を指さした。そこには発電機が置かれていた。シソウは他国にも販売しているとは聞いていたが、街中では見ることが無かったので、てっきり影響はないと思っていた。しかしどうやらそれは動いているようで、実用されているらしい。


「ええ。調子はどうですか?」

「忙しい貴族たちには、夜も活動しやすくなったと好評だそうですよ」


 そういうセレスティアは、どこか誇らしげに見えた。


 晩餐は、国王他多数の貴族や、王族たちが参加する大々的なものになっていた。シソウはセレスティアの隣で、彼らと社交的な挨拶やら技術に関する話などをしていた。一体何なんだ、と困惑の連続であった。


 シソウは技術に関する話はすらすらと口をついて出て来るのだが、それも過剰な知識を披露することのないように、時折慌てて口を紡ぐのだった。そして社交的なことに対しては、常にしどろもどろになっていた。


 しかしセレスティアは彼が言葉に詰まるたびに話を円滑に進めるように言葉を付け加えた。見事なお点前だとシソウは感心するのであった。


 シソウはセレスティアがいなければ、ひどくみっともない姿を晒しただろう、と思わずにはいられなかった。彼女は何でもないとでも言うべきか、それらを当然のことのようにこなしていた。


 夕食を終えたとき、シソウは既に疲労困憊であった。風呂などを済ませると、シソウはベッドに倒れ込んだ。すっかり辺りは暗くなっていて、街はすっかり寝静まっており、城の所々で明かりがついているだけである。


 それからシソウはテレサも毎日こんな感じだったのだろうか、と思い浮かべた。そしてもし自分がその生活をするとなったとき、上手くやっていけるのだろうかと不安を抱くのであった。


 そうしていると、部屋がノックされた。シソウはすっかり疲れた体を起こして扉を開けた。そこには可愛らしい寝間着に身を包んだセレスティアの姿があった。彼女は少しうつむきがちである。


 シソウはとりあえず中に入ってもらうことにした。それから彼女は中々口を開かなかったので、シソウは何かあったのだろうか、と彼女を心配した。


「どうかなさったのですか?」


 セレスティアは声を掛けるシソウの手を取った。それからその指にはまっている水色の指輪を見つめた。


「この指輪、セツナ様から頂いたものでしょう?」

「ええ、そうですね」


 セレスティアは暫く何も言わず、じっとそれを見つめていた。それから意を決したように、自らの衣服に手を掛けた。


「ちょっと、ティア様!?」

「セツナ様とはもう済ませたのでしょう?」


 シソウはどうしてセツナが出て来るのか分からなかった。セレスティアは、セツナがシソウと婚約していると告げた。シソウは思わず否定したが、当時の状況を思い出すと自分が行った行為はプロポーズにしか思えなかった。


「それは構いません。ですからどうか私も」

「ですがそれは」

「マーシャさんは認めてくださいました。国の皆も祝福してくれました。何も障害はありません」


 シソウはふとそこで気が付いた。先ほどの接待は親族や貴族たちへの紹介を兼ねていたのだろう。外堀を埋めて、そうまでしてシソウを囲いたがったのは、恐らくその知識が目的である。


 アルセイユは破竹の勢いで成長を遂げた。そしてシソウがいる限り、それが停滞することは無いだろう。それは他国が後れを取っていくと言うことでもある。


 要するに、これはシソウを自国に取り込む、あるいはそこまでは行かずともつながりを作っておくための政略結婚のようなものなのである。もちろん、シソウがここで何もせずに帰ることも出来るが、セレスティアの立場は悪くなるだろう。


「……それは、ティア様が決められたことですか?」

「決められたのは、お父様です」


 シソウはセレスティアに背を向けた。きっとザインのあの表情は、大切な娘を送り出すことへの不満があったからだろう。親なら当然、ただの平民ではなく良家に嫁がせたいと思うものだ。しかしセレスティアは、シソウの背に体を添えた。


「ですが、私は誰よりもシソウ様をお慕いしております。その気持ちに、嘘偽りはございません」


 シソウの背中を、小さな手が弱々しく掴んだ。シソウは振り返ると、セレスティアはか細い声でだめですか、と言った。年相応の子供らしささえ感じられるその声に逆らうことは、ひどい大罪に思われた。


 シソウは少女の体を抱きしめた。


「俺でいいんですか?」

「シソウ様が、いいんです」


 セレスティアは頬を染めた。シソウは彼女を抱えて、ベッドに入った。

 恥じらう彼女は普段と異なって艶やかに見える。シソウはその首に手を当てると、セレスティアは恥ずかしそうに身をよじった。そしてその逸らした顔に、口付けた。



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