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第十四話 ぞうせん!

 港町ウェルネアの臨海部には、多くの船舶が係留されている。シソウはその近くの造船所に来ていた。そこでは何人かの職人たちが待っていたが、これまで彼らが作ってきたのは木造の船である。


 シソウは辺りを見回すが、製造に使えそうなものはない。それも当然か、と思いながら、あらかじめ用意してきた設計図を広げる。3DCADが存在しないため数値シミュレーションなど行うことは出来なかったが、小さな模型で水槽実験を何度か行ったので、急に転覆することはないだろう。


 船体をいくつかのブロックに分けて、後から溶接するブロック工法を用いる予定だったのだが、まず加工するための工作機械が存在しない。電子計算機が存在しない以上、仕方がないことなのだが、真っ当な方法は望めなかった。


 それから溶接だが、電気が普及し始めたのはごく最近のことであり、それらを用いたアーク溶接などあるはずもない。


 しかしそれらはこの世界なりの方法で解消できた。そして更に工期を短縮することさえ可能であった。


 シソウは空間魔法が使える旨を伝えると、鉄板を大量に複製する。それから金剛石の刀を複製し、それらの鉄板を設計図通りに切り裂いていく。連れてきた騎士たちにも同様に作業に従事するように告げた。


 それからマーシャに魔法を使ってもらって鉄板に熱を加えながら、素手で鉄板を曲げていく。元の世界では考えられないことだが、この世界ではそれがまかり通ってしまっている。


 騎士たちも魔法が使える者と共同で作業を行っていく。それらを指揮するのはシソウが連れてきた学生のおっさんたちであった。彼らにはある程度、この作業の説明をしておいたのである。


 初めは皆ぎこちなく、本来の業務ではない作業に四苦八苦していたが、次第に慣れて作業化していく。そうして順調に一日は終わっていった。




 それから数日、シソウの元にセレスティアが訪ねてきた。シソウはその日も変わらず鉄板を切り裂いていたのだが、急に現れた彼女に驚くのであった。


「ティア様、どうして此方に?」

「シソウ様が見たこともない船をお作りになられているとお聞きしまして、つい来てしまいました」


 にこやかな笑顔を浮かべる彼女は、この鉄と炎の製作所には到底似つかわしくないだろう。シソウは作業を中断してセレスティアの元へ向かった。彼女はウェルネアとアルセイユにも許可を取って来てるとのことだった。

 これらの国の中で最も実質的な国力があるのはルナブルクなのだから、それを断ることなど難しいだろう。そして断ればようやく順調に来ているこの交易も台無しにする可能性さえある。


 断れないことを分かっていてそれを行う理由はシソウには特に思いつかなかった。セレスティアは見学がしたいと言うので、シソウは偵察みたいなものかと納得した。


「ではお願いしますね」


 セレスティアはシソウに握手を求めた。シソウはその手を取ろうとして、汚れていることに気が付いた。しかし彼女はそれを気にもせず、シソウの手を包み込んだ。どうにも彼女は最近会ってから、妙に距離感が近いような気がしてならなかった。


 それからシソウは再び作業に戻っていく。それまで共同で作業を行っていたマーシャは、ふて腐れたように頬を膨らませていた。それからわざとらしく泣く素振りをしてみせた。


「シソウくん、私よりあの女がいいのね」

「いきなりなんだよ。滅多なこと言うな、聞かれたらまずいだろ」


 シソウが再び作業を始めると、マーシャは阿吽の呼吸で魔法を使う。先ほどまでのふざけた雰囲気はすぐに消えていた。いつまでも後を引かないのは彼女の良いところだろう。その様子を見ていたセレスティアは、シソウがその方を見ると、優雅に手を振るのであった。




 ルナブルクの騎士たちも作業を手伝ったため、想った以上に進行は早かった。予め行えるパイプなどの艤装品の取り付けも終了し、ようやく小組立が終了した。塗装は風魔法を使って吹き付けることで、ほんのわずかな時間で終了するという、嬉しい誤算もあった。


 シソウはマーシャとハイタッチをして喜びを分かち合った。騎士たちも国に関係なく喜び合っている。シソウはこういうのは何だかいいな、と思うのであった。もちろん、そこに様々な利害関係があることも理解してはいる。けれど、シソウはセレスティアと手を取り合った。


 それから他の騎士たちにも次の作業を説明していく。いよいよ大組み立てに入る。


「ようやく船の形になってくるぞ!」


 シソウが告げると歓声が起こる。彼らはこれまでの苦労を思いながら、完成を夢見ていた。しかし彼らの熱気とは裏腹に、シソウは不安を抱えていた。加工や組み立ての精度は船体の形状に影響を及ぼす。


 精密機械がなく数値シミュレーションも行っていない工程で、どれほどのものが出来上がるのか。ある程度の誤差は出ることは予想しているが、それを遥かに上回った場合、どうしようもないものが出来上がるだろう。


 騎士たちが上手くやってくれたことを信じて、シソウはやるぞ、と気合を入れた。




 シソウは全体のバランスを見ながら、少々修正をしつつ作業を進めていた。大体問題なく船体の各部分は出来上がってきている。作ったものが形になってくるのは、得も言われぬ面白さがあった。


 しかしクレーンを使うことなく人力で持ち運びできるというのは、何だか奇妙な感じがした。作業効率の上では非常にいいのだが、以前の常識と照らし合わせるとあまりにもおかしかったのである。


 それから屋外にて機関などの取り付けを行っていく。機関は魔力駆動の電動機と、蒸気機関を転用した。魔力駆動だけでは、人間の疲労もあるため長期間の運航は難しい。そのため平時の運航は蒸気機関でゆっくりと行うようにした。魔力駆動の電動機は小型で大出力を出すことが可能であったので、場所の問題も難なくクリアできた。


 それが終わると、大ブロックを更に溶接し、船体が出来上がる。少々ずれ等はあったが、それは許容範囲内であった。




 そしてようやく、進水式が行われた。ウェルネアの兵士たちも集めて、全員で船を持ち上げながら海へと持っていく。シソウは進水式ってこんなだったか、と首を傾げた。


 その晩は、盛大に宴会が行われた。エノーラが作業員たちを労って主催したものであった。当然酒類も提供され、騎士たちは酔っぱらってひどい有様になっているものさえいた。


「あーあ。ありゃ明日きついぞ」


 シソウは果汁百パーセントのジュースを飲みながら笑った。彼は元の世界で飲み会にほとんど参加することが無かったこともあり、酒に興味が無い。それより、南国に近いここの果物を用いた飲み物の方が魅力的だったのだ。


「しそうさまー。これが終わっても私に会いに来てくださる?」


 セレスティアが赤い顔でシソウに寄り掛かってきた。普段の彼女からは考えられないほど大胆なその行為に、シソウは心臓が飛び上がる思いだった。


「ティア様? あの」

「来てくれないなら、私が伺いますよー」


 ふふ、と笑いながらセレスティアはシソウの胸元に顔を押し当てるようにして抱き着いた。それから潤んだ瞳でシソウを見上げた。


「だめですよー。シソウくんは私のですから」


 マーシャがすかさずシソウの腕に抱きついた。こちらの顔も赤くなっていた。

 シソウは酔っ払い二人に抱き着かれて、どうしたものかと頭を悩ませた。マーシャは適当に放り投げれば済むことだが、セレスティアにそれをやるわけにはいかない。


「では二人のものにしましょう」

「それならいいですよー」


 シソウがそうしている間に、二人の間では協定が成立していた。シソウは誰か助けてくれるものはいないかと辺りを見回したが、騎士たちは酔いつぶれているか、囃し立てるものしかいなかった。騎士が国を守る誇り高い人物だというのは嘘だったのかと思いたくなった。


 二人の香りが漂って、シソウの興奮を掻き立てる。密着するその体は華奢で柔らかく、見つめる瞳は美しい。そして掛かる吐息は――酒臭かった。


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