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第九話 お姫様!

 大通りに出ると人通りはそれなりに多くなっていたが、路地裏には浮浪者やへどろのような汚れが目立った。アリスを治安の悪そうなところに連れ出すのは気が引けたが、彼女がここで生活しているということは問題ないのだろう。

 しかし――。


(昨日もそうだったけど……すごい見られてるよなあ)


 宍粟は様々な視線を浴びせられて居心地の悪さを感じていた。見慣れない格好の宍粟が珍しいのか、アリスが見目麗しいせいなのか。

 やがて一軒の店の前を通り過ぎたとき、青年がアリスに声を掛けてきた。アリスはいつもの笑顔を向けて、何かを話していた。それはとても楽しげに見えた。


 宍粟はどす黒い感情が沸き起こってくるのを堪えられなかった。あの笑顔が他人に向けられているのを見ると、どうしようもないほど憎らしく思えてくるのだ。彼は独占欲が強く嫉妬深く、そして猜疑心も強かった。しかしそれ以上に、対人関係に関しては臆病であった。それは孤独な人生を送ってきたせいかもしれない。

 そして自分の感情に気が付くと、宍粟は落胆した。これだから自分はどうしようもない、と恥じた。


 しかし宍粟はそんなことをおくびにも見せなかった。話が終わって振り返ったアリスは、宍粟の元へと駆け寄ってくる。青年はその後を付いてきて、頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。アリスを攫いに来たのかと思ってしまい、このような態度を取ってしまいました」

「へ? ……ああ、この格好か。アリスちゃん可愛いし、その反応も当然だよなあ」

「いえ……聞いていませんでしたか? アリスは王位継承権があるので、その、誘拐とかも」

「……は?」


 宍粟が口をあんぐりと開けていると、アリスがその裾を引っ張る。


「お母様が、王様のお嫁さんだったそうです」

「それ、こんなとこで言って大丈夫なことなのか?」

「ああ、そのことは大丈夫ですよ。身代金とかは取れないですからね。それにこのあたりの住民は皆知っていることです。アリスちゃんは人気者ですから、粗相をするものもいませんし」


 宍粟は自分の感覚は間違っているのだろうか、と自問したくなった。この貧民街は治安が悪いと思っていたが案外そうでもないのかもしれない。それとも、単に彼女が人気だからなのか。何にしても遠方に逃げた方が安全である気はするが、ここの方が相互扶助の関係で安全なのだろうか。

 それにしても、そうであるならば、なぜこれほどまでに落ちぶれているのだろう。疑問が顔に出ていたのか、青年は笑いながら答えた。


「テレサ様はこの街の生活向上に尽力された方です。貴族出身ではないということもあって、妬む者もほとんどいませんでした。前国王様がお亡くなりになられてからは、政権争いで身を退かれたのです」

「へえー。……すごい人なんだなあ」

「はい! お母様はとっても立派なのです!」

「これは平民の中では大出世と言うこともあって、憧れの的なんですよ。このアルセイユ国内で知らない人はいないでしょうね」


 宍粟はもうついて行けなかった。とりあえず彼が理解したのは、「アリスちゃん高貴可愛い」ということだった。


「暫くは私も同行しますよ。そうすればシソウさんも町の人に受け入れてもらえるでしょう」

「それはありがたい。助かるよ」


 内心ではあまりありがたくはなかった。せっかくの二人きりだったというのに。それでもこの敵意を含んだ視線から解放されるということや、何より青年がアリスにちょっかいを出す男ではなかった、と言うことはとてもありがたかった。


 それから街を案内してもらうと、人々は宍粟を見ても特に敵意を向けることは無くなった。また、青年と会話出来ていたのは、宍粟が通訳魔法を使えたからではなかった。宍粟はまだ自分に向けられたアリスの言葉や、アリスへの思いしか伝えることが出来なかったのである。彼は冒険者なのだろうか。


「それでは私はこれで」

「ああ、ありがとう」


 別れていく青年に対して述べた礼は二人にしてくれてありがとう、ということでもあり、本心から出たものである。

 もう時刻はお昼時になっていた。貧民街を抜けて居住区に出ると、屋台が目立つようになった。空気中を漂う様々な食べ物の香りが鼻腔を擽る。それに引き寄せられるに歩を進めながら、こういう文化は変わらないものなんだなあと宍粟は感心した。

 辺りは活気が満ちていた。やはり貧民街の治安が悪かっただけなんじゃないか、などと宍粟が思っていると、アリスも活気につられてか、ふらふらと屋台へと向かっていく。その先では鳥の串焼きが焼かれていた。


「アリスちゃん、これ欲しいの?」

「え!? あの」

「おっちゃん、これいくら?」


 店主は訝しげな表情をする。それを見てアリスは一言二言、店主と言葉を交わしてから、向き直った。


「銅貨五枚、だそうです」

「じゃあ二本貰おうかな」


 宍粟が指を二つ立てると、店主には通じたようだった。先ほど銅貨を詰めておいた布袋の口を開けると、じゃらじゃらと銅貨が音を立てる。それを十枚取り出して、店主に手渡す。それから二人分の串を受け取って、アリスに手渡した。

 その肉は現代っ子の宍粟には少し硬かったが、それでもこういう雰囲気の中で食べると美味しく感じられるものである。隣で小さな口を動かして食べる少女がいれば、何も言うことは無い。


 それから更に進んでいくと、小さな呉服店の前でアリスは足を止めた。若干地味ではあったが、日本にいた頃の着物のような衣服である。


「へえ、着物、こっちにもあるんだ」

「あまり、有名ではないみたいです」

「これいくらくらいするんだろう?」

「あの……最低でも銀貨数十は、します」


 銀貨は一枚で銅貨百枚分であるため、手持ちは到底届かない。しかし宍粟は買えるんじゃないか、という気がしないでもない。銅貨と銀貨の『複製』のコストが同じだという可能性も否定できないからである。そうであるなら、金貨を大量に複製すれば一気に大金持ちである。


「うん。そのうち買ってあげるよ」

「そ、そんな! わざわざいいですよぅ」

「ちゃんとめどはついてるからね」


 それから今はとりあえず少し良い程度の衣服でも買っていこうと他を当たったが、どれも銀貨数枚は下らなかった。貧民街の主流は銅貨であったが、居住区では銀貨が用いられることが多い。格差を感じながら、宍粟は帰途に就いた。


 家に帰ると、テレサは家にいなかった。アリスに連れられて家の裏手に回ると、小さな畑があり、テレサは水をまいていた。翳した掌から水が流れ出ている。目を凝らすと、うっすらと魔力の流れが見えた。


「あら、シソウ様。お帰りになられたのですね」

「ただいま帰りました。魔法、すごいですね」

「ふふ、シソウ様の方がお上手でしょう?」


 テレサは悪戯を見つけた母親のように、柔らかい笑みを浮かべた。彼女には宍粟はまだ何も話していないのだから、そう思うのは当然かもしれない。


「俺はほとんど使えませんよ。アリスちゃんにも通訳魔法、教わったばかりで全然ですし」

「シソウ様の通訳魔法はとても真っ直ぐな思いが伝わってきて、私は好きですよ」


 宍粟は息を飲んだ。妙齢の女性が整った唇を小さく動かして、好きですよ、と言ったのだ。そういった意味ではないことは明らかだが、好意であることに違いはない。


「ありがとうございます。……テレサさん、もう大丈夫なんですか?」

「ええ。いつまでもお世話になるわけにはいきませんし。それに私も昔は冒険者をやっていたのですよ」

「え!? でもテレサさんって……?」

「アリスから聞いたのですね。私はもともと平民ですから、見初められるまでは冒険者稼業をしていました。私は光の精霊様の末裔、光の民ルクリスですから、魔法に秀でて重宝されていたんですよ、シソウ様はそうは見てくれませんけれど」


 テレサは子供が拗ねるように小さく頬を膨らませた。彼女たちについて新しく知ることが多すぎて混乱していたが、宍粟はとりあえず二人とも素敵なんだと理解した。

 家に戻ってから、宍粟はお茶を出して話の続きを始めた。宍粟が一通り自分のことを話すと、テレサは納得したように頷いた。


「アリスは物心ついたときにはここでしたから、外の世界を見てみたいのでしょう。昔から『お母様のような冒険者になる!』と言って聞きませんでしたから」

「お母様! もう、やめてください!」

「へえ。ところで冒険者って仕事なんですか」

「仕事……とは違うかもしれませんね。明日ギルドの方へ行ってみますか? シソウ様は身分を証明出来るものがありませんし、身元の保証と言うことで形だけでも登録しておいた方がよろしいかと思いますが」

「じゃあお願いします」

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