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第十一話 帆船

 その日シソウは会議に出席することもなく、港に来ていた。元々会議に参加するために来たのではなく、会議に必要な事項を説明するために来ているのだから、それは問題ない。


 その隣にはマーシャが寄り添う様に佇んでいた。二人は今、エノーラから暇をつぶすなら、とお勧めされてここに来ていた。どうやら、東の大陸から月に一度の定期便が今日帰って来るらしい。


 目を凝らすと、水平線の向こうに船影が見え始めた。それは近づくにつれて、ようやく大きさが分かり始めた。ゆっくりと巨大な帆船は港へと入って来る。おそらく、建造物を含めてもこの世界で最大規模のサイズだろう。


 帆船は帆を畳みゆっくりと止まると、港の出口の方を封鎖した。これは元の世界では見られない行動であったが、恐らく魔物の侵入を防ぐための手段なのだろう。しかしそれほどまでに警戒をするのであれば、帆走しているときも船底に穴を開けられないよう、相当な注意がいるのだろう。


 金属で作れば多少はその心配もなくなるのではないかと、シソウは思うのであった。


 それから大勢の人が降りてくると、彼らは皆生還したことに喜び抱き合う者さえいるのだった。月に一度の定期船とはいえ帰ってこないこともしばしばあるそうだ、とシソウの隣で見ていた老人は言った。


 シソウはもし、この定期船が安定して航行するようになれば、東の大陸との交易も盛んになり、国際化も進むのではないか、とスクリューを用いた汽船の設計を頭の中で始めた。彼に造船技術などはないが、発電やエンジン関連は得意とする分野であり、流体力学も修めている。少なくとも木造の帆船よりは性能を向上させることが出来るだろう。


 そしてアルセイユの付近には川も海もないため、造船技術は特に必要なものではないだろう。これも交渉の一つとして使うことに問題はないはずだ、とシソウは帆船を眺めた。


 暫くして、中からふさふさの毛が生えた獣の耳を持つ男性が降りてきた。彼はさらに尻尾も生えており、他の人々と比べても目立っていた。シソウは何か民族的な風習かと思ったが、よくよく目を凝らしてみると、それが本物であることが分かる。


 異人。大雪境でベネットはそう言った。実際に見てようやく理解した彼らの存在は、シソウにとってこの大陸に人種とそれほど異なっているようには見えなかった。


 彼を物珍しそうに見ていたシソウに、隣にいる老人は「あれが異人さ。わしゃいつ攻めてくるものかと不安で仕方がないわい」と零すのであった。シソウは彼らとの情勢が一触即発とはいかないものの、上手くいってはいないことを改めて知った。


 両大陸には溝があるとテレサは言った。それは人種だけではなく、文化や実際の距離など、隔てる物が多すぎるせいだろう。この世界で生まれ育ったわけではないシソウにとって些細な問題に思われたが、きっと現地の人にとってそうではないのだろう。


 この世界の人々は滅多に国を移動することが無い。むしろ魔物が存在する以上、わざわざすることではないと言った方が正しいか。生まれた土地で育ち、死んでいく。それを奪われまいとする精神は、愛国心にも近いものがある。


 前途多難だな、とシソウは首を振った。


 帆船から運ばれてくる荷物は、次々と倉庫に詰め込まれていく。集積が終わってから配送されるのだろう。それを行うのは船員たちではなく、港で待っていた作業員たちである。船員たちは久しぶりの陸を満喫しているようだった。


 シソウは邪魔をするのは悪い、と思いつつも彼らの所に行って、こんにちは、と声を掛けた。


「お疲れのところすみません、少々話を伺いたいのですがよろしいでしょうか」


 怪訝な顔をする彼らに、シソウはとっておきの切り札を使った。


「エノーラ様からお話を伺って来たのですが、実際に見てみるととても立派な船ですね」


 人の権力を使用したのである。そしてその効果はてきめんで、彼らはそれなら何でも聞いてくれ、と態度を一変させたのであった。どうやらエノーラは、ネレイドの彼らだけでなく船乗りたち全員に慕われているようだ。シソウは単刀直入に、東の大陸がどんなところかを尋ねた。


「そりゃあ……こいつみたいに、獣の特徴が表れてるやつばっかで……そうだな。やたら喧嘩っ早い」


 そう言って船員の一人が、異人の男性をばんばんと叩いた。異人の男性はお前が言うなよ、と小突き返したが、彼らの行動に悪意は全くなく、仲良くやっているようだった。個人間でまで嫌い合っているわけでもなくそれも当然か、とシソウは考え過ぎだと納得した。


 それから更に詳しく話を聞いていくと、東の大陸では種族ごとの結束が非常に強いらしい。そして政治体制はこの大陸とは大きく異なっていた。国別ではなく種族別に其々の領域を統治しており、他種族との争いもないこともないが、そうそう起きることはないらしい。


 その理由は、シソウはこの世界で力を重視する傾向が強いと感じ取っていたが、東の大陸ではこの大陸よりそれが顕著であるということだった。種族ごとに力比べをし、そこで序列が決定する。以降はそれに従うという、原始的とも言える方法を取っているそうだ。


「いやあ、しかし竜人族を見たときには生きた心地がしませんでしたよ。もうそこにいるだけで圧倒的な威圧感! まさに武の化身ってやつですよ」


 船員は大仰に語った。竜人族というのは今の序列一位の種族らしい。そしてそれは十年以上変わることは無く、それによって東の大陸における争いは激減しているらしい。


 シソウはそれよりも、この世界に竜がいるということに驚いた。ずっと動物が変化して魔物になったとばかり思っていたのだが、空想上の動物に近いものもいるらしい。もしかするとただトカゲが進化したものだったりするのではないか。


 そんな疑問を抱きながら、暫く彼らと話をした。シソウは東の大陸に行ってみたい、という純粋な欲求が沸々と起こってくるのを、抑えられなかった。そこで彼らに行く方法を尋ねたのだが、どうやら許可が無いと行くことは出来ず、更に商談以外の目的で行くのは難しいとのことだった。


 残念に思いながらも諦めざるを得なかった。それから彼らは仕事に戻っていき、シソウもまた宿泊施設に戻った。


 シソウが戻ったとき、まだ会議は終わっておらず、貴族たちは誰もいなかった。シソウは一抹の疎外感を覚えながらも、部屋に戻った。


「ねえシソウくん」


 暇を持て余して付いてきたマーシャは、シソウに名案でも思いついたかのように、嬉しそうに話しかけてきた。シソウは、こういうときマーシャは大抵ろくなことを考えてないんだよな、と思いながら返事をした。


「飯なら他の人が帰ってきてからな」

「違うわよ。あのね、新婚旅行は海外がいいなあって」

「前にこれが新婚旅行とか言ってなかったか。さっきの人たちに同乗するようにお願いしてくるか? 一人分なら何とかなるだろ」


 適当にあしらうシソウに、マーシャは頬を膨らませた。それからシソウくんと行きたいの、と不満を告げるのだった。そうしたくだらないやり取りをしていると、やがて貴族たちも帰ってくる。窓から眺める彼らの表情は、明るいものだった。


 きっと、いい報告が聞けることだろう。シソウは自然と笑っていた。


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