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第十話 会議

 翌日、シソウは会議に帯同することになっていた。寝付けなかったためその顔はひどいものであったが、顔を洗って軽く体を動かすと、すぐにベストな状態に移行する。魔物を狩ることで強化された肉体は、数日くらい寝なくとも大した影響はなかった。


 朝食のときテレサと目が合ったが、彼女は今までと変わらず小さく微笑むだけだった。だからシソウも何事も無く、朝食を口に運んだ。一流の料理人が作るだけあって、その味は格別である。


 あまりいい気分ではなかったが、美味しいものは美味しいことに変わりはない。シソウは感情的にはなりやすいものの、それによって味がしないなどの影響は出ることなどは今まで一度もない。どこか妙に現実的な部分があるのだった。


「シソウくん、何かあったの?」


 隣で朝食を取っているマーシャが尋ねた。彼女は勘がよく働く。


「何でもないよ。それより今日の会議、頼んだ」


 任せて、と胸を張るマーシャはいつもより頼もしく見えた。シソウはとてもじゃないが、それに集中する気分ではなかったのである。


 それから領主の館へと向かうと、偶然ルナブルクの貴族たちに出くわした。その中には見知った顔もちらほらあった。


「シソウ様、お久しぶりでございます」


 洗練された美しい動作で頭を下げるのはセレスティアだった。彼女の栗色の髪がふわりと揺れて、上品な雰囲気が漂う。テレサを差し置いて自分の方に挨拶をするはどうかと思ったが、シソウは返さないのも失礼だと、深々とお辞儀をした。


 それからセレスティアはテレサや貴族たちに挨拶をして、それが終わるとシソウの方に向き直った。


「何やら不思議な物をお作りになられていると聞きました」

「ええ。魔法ではなく、電気で動く物でございます」


 どうやらルナブルクは、アルセイユとの交易よりシソウの作り出す品々の方を重視したらしい、とシソウは解釈した。そのためシソウの顔見知りであるセレスティアがここに赴くことになったのだろう。


 二人が雑談をしている間に、割り込んでくる貴族たちはいない。それはシソウに遠慮するからではなく、セレスティアがシソウとの話をしたがっているのを妨げるのは顰蹙を買うだけだと知っているからだろう。


 暫く彼女と雑談を続けていると、大雪境の貴族たちも到着した。その中には真っ白な美しい髪の男女が混ざっている。恐らく、セツナの親類なのだろう。そしてサクヤも来ていた。


 戦争が近いためセツナがいないのは予想通りであるが、少々寂しいような気もした。サクヤはシソウを見つけると、セツナの代理で来たことを告げた。


 シソウはこうしてセレスティアとサクヤとの再会を喜んでいたのだが、ふと周囲の視線が気になった。シソウはこれから会議を行う二国の代表と、知った顔で話をするのだから、貴族たちにはさぞ奇異に、そして政治的に重要な意味を持つ人物だと映っただろう。それからシソウは、他国の貴族たちと交流をせざるを得なくなった。


 それから大会議場に案内され、ようやく会議が始まった。貴族たちが熱心に働く姿を見て、シソウは感心するのであった。彼らにとって、ここは自国の利益を守るための戦場なのだろう。


 シソウは何事も無くその様子を眺めていたが、やがて議題が科学の話に移った。シソウは表情を引き締めるが、受け答えは全てマーシャが行っていた。その見た目は美しく、そして愛嬌のある彼女は、シソウが答えるより好印象を抱かせるだろう。


 マーシャがふざけることなく真面目に受け答えをしている姿は、普段の彼女からは想像できないものだったが、とても様になっていて美しいとさえ感じた。


 そしてシソウは何もすることなく、会議は終わりを告げた。


 これでは他国から見て、お飾りの理事長に見えるのではないか、という危惧を抱かないでもなかったが、そんなことはなかったらしい。会議が終わってから、シソウの周りには貴族たちが集まって、直接商談をしたがる者さえいた。


 シソウはただの技術者であるとそれらをやんわりとお断りしつつも、彼らの興味を引くように話をしたのであった。


 それから領主であるエノーラに夕食に誘われ、シソウも出席することになった。貴族たちの中に、自分がいるのはひどく場違いに思われたが、断ることも出来なかった。そうして出席した晩餐会は、和やかな雰囲気で進んだものの、互いに腹の探り合いをするような場面もあり、シソウは心休まることはなかった。


 その中でシソウはエノーラと会話する機会があったので、昨日サザランに会ったことを話した。そうすると彼女は失礼が無かったかと心配そうに返すのであった。


「いいえ。とても親切にして頂きました」


 それは良かった、とエノーラは微笑んだ。それから彼の話を少し聞くことが出来た。ネレイドの一族はエノーラ直属の部下として、漁を行う集団らしい。とはいえその数は多くないため、私兵としてそれほど重要な役割を果たしているわけではないらしい。しかし彼らのおかげで海の方面の治安が良くなったのも間違いないそうだ。


 シソウはつい自分の立場も忘れて話をしてしまった、と慌てて居住まいを正した。そしてただの技術者としてついてきているのだから、それらしい振る舞いをしようと思うのであった。


 そうして一日が終わってシソウが宿泊施設に戻ってきたとき、精神的に疲労困憊であった。こんなことが数日続くのかと思うと、うんざりするのであった。しかしシソウが関連する議題はそれほど多くないため、中には出席する必要が無いものもある。


 元冒険者であるテレサは、急な変化を経験したのだろう。それはシソウが思うよりもずっと大変なものであるはずだ。貴族たちの前で平然と振る舞うことが出来るのは、今まで積み重ねたものがあるからだ。


 シソウがこの世界で築いてきたものはそう多くない。むしろ、常識を身に着けることでようやくスタートラインまで上がってきたと言った方がいいだろう。シソウはつい自嘲するのであった。思い上がりも甚だしいと。


 シソウは居てもたってもいられなくなって、立ち上がった。彼は直情的なのであった。部屋を出て、階下に行く。誰かいないものかと思ってのことだったが、そこには数人の貴族とテレサがいた。遅くまで会議の内容について語る彼らを見ていると、シソウはそこに自分の入る余地などないように思われた。


 時間を取らせるのも悪い、と立ち去ろうとしたとき、シソウに気が付いた貴族が声を掛けてきた。シソウはそれに答えて、彼の方へと歩み寄った。ちょっと挨拶をするだけの予定だったが、貴族たちの反応は良かった。


 他国の科学への関心は高く、小国であるアルセイユが各国と渡り合うことが出来るようになった、と。これを機に国力を高める、と彼らは明日以降の会議に向けても張り切っているのだった。


 シソウは暫く彼らと話を交えた。貴族たちと交流を持つことはこれまで避けてきたが、案外悪くないのかもしれない、と思った。


 そして明日も会議があるから、とそれもお開きになった。シソウは最期まで残ったテレサに、話しかけた。


「昨日はすみませんでした」

「いえ……私は嬉しかったですよ。ただ、おっしゃる通り立場もありますから」


 シソウは嫌われたかと思っていたが、テレサにそう言われて安心した。恥じらう彼女はとても愛おしかった。


 それではまた明日、と小さくお辞儀をする彼女を見て、シソウは初めて権力を欲した。立場を超えて欲しいものを思うが儘にできる力を手にすれば、テレサは受け入れてくれるのだろう。きっと、誰もが納得する方法は、それしかないのだから。


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