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第八話 港町

 ウェルネアに着くと、真っ先に領主へと挨拶に赴くことになった。兵士たちに案内された小奇麗であるもののそれほど大きくない館には、様々な人が出入りしていた。出迎えた領主はテレサたちと話を始めたが、シソウはそれを遠くから眺めていた。


「遠路はるばる御足労いただき、まことにありがとうございます。私はこの自治領の領主、エノーラ・ウェルネアと申します」

「私はアルセイユ王、アリス・エトワルトの代理で参りました、テレサ・エトワルトと申します」


 そうして二人は挨拶を終えてから、かたっくるしいのもなんですから、とエノーラは豪快に笑った。彼女は三十歳ほどで地域を治めるには若いが、しかし気っ風が良い女性であった。


 そして会議は明日から始めるため、今日は館のすぐ近くの宿泊施設に泊まることになった。シソウはテレサに許可を取って、一日街を見学することにした。彼女は明日までには必ず戻ってきてくださいね、と冗談めかして笑った。


 一人だけ護衛の騎士が付けられたが、それ以外は特に平時と変わらず自由行動が可能であった。マーシャも同行しているため、戦力としては少々過剰な気がしないでもなかった。


 海の方へと近づくにつれて、店に並んでいる物は海産物が多くなってくる。しかしそれはシソウが知っている物より遥かに大きく、話を聞いてみるとどうやら魚の魔物であるらしい。


 元の世界でも漁は命がけであったが、この世界での漁はもっと厳しい仕事らしい。網くらい引きちぎりそうであり、そんな水中の魔物をどうやって仕留めるのだろうか、とシソウは興味を抱いた。


 それから南国の果物のような、奇妙な果物も見られるようになってきた。どこで取れるのかと尋ねると、店主はさあねえ、と笑った。それから東の大陸で取れた物が、月に一度だけ運ばれてくるのさ、と教えてくれた。


 シソウは赤紫っぽいドラゴンフルーツのような果物を購入し、マーシャと護衛の騎士に渡した。騎士は任務中ですから、と遠慮したが、シソウは気にするなと彼に手渡した。


「……うーん。珍しい味だな」

「そうね。とても奇妙な」

「確かにおっしゃる通り……」


 三人はさすがに店主の前でまずいとは言えなかったものの、同意見を述べた。店主は笑いながらまずいだろ、と言った。それからお勧めはこっちだな、と別のものを差し出した。シソウはそれを買って食べてみると、案外悪くなかった。


 そうして買い食いをしながら、ようやく港に着いた。マーシャは近くで見る海に感動して、駆け寄って底を覗き込んだ。シソウは護衛の騎士にウェルネアに来たことがあるかを訪ねると、どうやら数回だけ来たらしい。


 あまりアルセイユと交流は無かったそうだが、それでも異文化交流の拠点として、この港町は重要な役割を果たしているらしい。


 シソウは周辺の漁師たちに許可を取ってから、白狼の王の牙と尻尾を『複製』し、竿を作り上げた。そして糸の先に熊の鉤爪を取り付け、そこに餌を取り付ける。これで釣れるのかは疑問であったが、せめて雰囲気だけでも味わおうと、二人にも渡した。


 暫くのんびりと海風を楽しみながら、釣竿を垂らしていると、騎士の釣竿がぴくぴくと動いた。


「それ! 来てるんじゃないですか!」


 シソウが告げると騎士は慌てて竿を掴んだ。次の瞬間にはすさまじい勢いで竿が引かれるが、騎士はすぐさま体勢を立て直して糸を巻く。食らいついて暴れる獲物は、ずっしりと重く岩でも引き上げるかのような手ごたえがあった。糸が切れるかと思ったが、さすがに狼の王の尻尾は強靭であった。


 そして騎士が一気に竿を引くと、水中から巨大な魚が飛び出した。人よりも大きなそれは、強力な歯を剥き出しにしていた。


 騎士が慌てて剣を抜こうとするのを制して、シソウはすぐに刀を複製してその魚の頭を貫いた。するとその巨体はびくりとはねて動かなくなる。それから血抜きを済ませようと思うが、料理すら滅多にしないシソウはこんな巨大な魚をどうすればいいかなど分からなかった。


 そうして悩んでいると、彼らの近くに船をつけた大男がずんずんと近づいてきた。青色の短髪に厳つい顔、そして人など握り殺せそうなほど膨れ上がった筋肉。シソウは思わず硬直してしまうが、その男はにこやかな笑顔を浮かべた。


「どうした? 手伝ってやろうか?」


 意外な提案だったが、シソウは魚の取り扱いなどほとんどしたことが無かったため、お願いすることにした。彼は手際よく血抜きなどの処理を済ませていく。


「あんたら、見かけない顔だが観光かい?」

「ウェルネアで会議があるので、それに参加するために来ました」


 そう言うと大男は急に取り乱したので、シソウは何かまずいことでも言ったのだろうかと不安になった。


「そいつは失礼しやした! エノーラ様のお客様だとは知らず、とんだご無礼を」

「いえ、俺は別に偉くも何ともないのでお気にせず。エノーラ様は慕われてるんですね」

「そりゃあもちろんですよ! ウェルネア家のおかげで、ここの民は自由に生きることができるんですからね!」


 そういう彼は自分のことを褒められたかのように、とても嬉しそうに見えた。それから彼はひどく上機嫌になって、解体まで全て行ってくれることになった。彼は軽々と巨大な魚を持ち上げて、すぐ近くの建物まで運んでいく。


 その途中、何人もの漁師たちが彼へと声を掛けていき、彼は威勢よく返事をするのであった。彼はサザランさんと呼ばれており、どうやら荒くれ者が多い漁師の中でも尊敬を集めているようだった。


 そんな漁師たちの中には、サザランと同じ青色の髪をした男性も何人かいた。その誰もが漁の中心的な役割を果たしているようであった。そうした彼らを見ていると、サザランは荒っぽいがいい奴でしょう、と笑った。


 それから話を聞いていくと、やはりここでの漁は命がけのようだった。海は魔物が繁殖しているため、漁に出ればいつ死んでもおかしくない。そしてもっぱら魚の魔物を釣り上げるため、海の防衛も担っていることになるそうだ。


 元の世界でも漁師は苛酷な仕事であったが、こちらの漁師はどちらかというと戦士に近いのではないか、という気がした。そのため荒っぽい性格になってしまうのだろう。


 シソウは彼らのまとめ役であるサザランは自分のすべきことを見つけているのだな、と羨ましくもあった。そしてそんな彼が傾倒しているエノーラという人物にも興味が湧いてきた。そこで失礼かとも思ったが、シソウはその疑問を口にした。サザランは一瞬だけ暗い表情を見せたが、すぐに語り始めた。


「俺たちはネレイドの一族なんですよ。水の魔法に長け、水中でも活動が出来るんです。ひっそり暮らしてたんですけど、マハージャに他国と見なされて侵略に遭いましてさ」


 マハージャというのは、ここウェルネアの帰属する国であった。ウェルネアが交易で財をなし、こうして自由闊達な雰囲気を持っているのに対して、マハージャは東の沿岸部が断崖のようになっているため漁港を作るのは難しく、更に反対側の西には険しい山があり、南は帝国との小競り合いが続いているという状況であった。


 そして周辺の小さな国々を侵略し滅ぼすことで領土と奴隷を得てここまで大きくなったという。生き残りをかけた戦いの中で、それは正当な行為だったのかもしれないが、シソウはそれだけを聞いていい感情など持てなかった。


 サザランは目を細めて、それからのことを話し始めた。


「エノーラ様はバラバラになった俺たちを集めて、仕事やここでの地位も下さった。おかげで何人もの同胞が殺されずに済みました」


 彼の話しぶりだと、彼女とは上手くやっていけそうな気がした。シソウは解体された魚を受け取ると、サザランに礼を言って漁港を後にした。彼は最後まで、エノーラと上手くやって欲しいと言っていた。それはきっと、シソウがテレサのことを思うのと、同じなのだろう。


 シソウは魚が腐らないように、急いで帰ろうと足を速めた。



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